50、sideミナ 彼女の涙
「大司教! これで私たちの将来は安泰だ!」
氏名が記入されたのを見て、王太子は諸手を挙げて飛び跳ねている。先ほどまで眼光が鋭かった大司教も、エルミナと氏名欄に名前が記入されたのを見て、ニヤリとあくどい笑みを見せた。
これで元大聖女であるミナに仕事を押し付けることができる、とでも思っているのかもしれない。
ミナは自分の名前をじっと見つめる。その瞳から感情は読めない。
「殿下、早めに契約を結びましょう」
「おお、今回は魔法契約を使用するという話だったな」
「ええ、後は魔力を使用することで、解除不可能な契約が結ばれます」
魔法契約……これは滅多に使用されることがないため、ミナも実は存在しか知らなかった。
ミナの場合書類の内容を見る限り……奴隷契約と言った方が正しいかもしれない。大聖女であっても一人ではできない仕事量を記載され、それに名前を書いて契約させられるのだ。道具として働け、と言わんばかりの扱いだ。
ミナは無力な自分を呪った。
できることなら、この場から逃げ出したかった。
自分の魔力を封印され、手足も出ない状況での契約……本当に奴隷である。
平民だからといって、何故こんな仕打ちを受けなくてはならないのだろうか……。
以前だって聖女として皆の役に立ちたい、その気持ちで頑張ってきた。
頑張ってきた結果が追放……。
ミナの目に薄らと涙が溜まっていく。
あの時にレアと出会えたから心の奥底にしまうことができていた感情たちが渦巻いている。
怒り、悲しみ、困惑……そして役に立てなかったのではないかという後悔。
その全ての想いが洪水のように押し寄せてくる。
そして胸の奥へと押さえつけていた、すべての、感情が。
……ミナの目から涙が一粒こぼれ落ちる。
それがまるで合図であるかのように、次々と涙が腕輪の上へと落ちては当たって流れていく。
常に表情に変化のないミナ。
そんな彼女が今や顔をくしゃくしゃにして涙を流している。
聖女として「頑張っている」と言われたかった。
聖女として必要とされたかった。
押し込めていた感情が涙として、はらはらと落ちていく。
彼女の様子の変化に気がついた王太子と大司教は、彼女が泣いていることに気づいて呆然としていた。
エルミナは……感情がないのではなかったか。そう、例えるなら道具のように。
指示したことを完璧にこなす血の通わぬ魔法具。それと同じだと信じていたのだ。
誰も声を発することができない。
部屋内は静寂な空気に包まれる。
二人に見られていることに気がつかない……後から後から湧き出てくる感情の……初めての爆発にミナ自身が戸惑っていたからだ。
周囲に気を配ることすら頭から抜けているミナ。
そんな彼女の頭に浮かんできたのは、ベルドとウルの姿。
そして最後に過ったのは――
「レア……レアに会いたい!」
沈黙を破ったミナの声と姿は、側から見たら目を覆わずにいられなかっただろう。それほど悲痛な叫び。
その言葉が終わったと同時に、彼女に変化が起きる。
胸の前で思わず握りしめた両手から、真っ白な光があふれ出す。
光は部屋中を包んでいき、ミナの姿が見えなくなる。
彼女の涙に唖然としていた二人は、目も開けていられないほどの強い光に思わず瞼を閉じた。その間に光が締め切っている部屋全てを覆っていく。
瞼の裏まで届く光。目を開けることもできず、光が止まるまで待とう、そう考えた二人。その瞬間――




