47、いざ潜入……?!
レアとウルが宿屋へ戻ると、一階に併設されている食堂でベルドが食事をとっていた。背筋を伸ばし、無駄のない動作で食事をしていた彼は、二人が宿屋に入ったのを見ると手を上げてにこやかに笑う。
「食事を終えたら戻るよ」
ベルドの表情に翳りはない。むしろ晴れやかである。レアはウルが彼の向いにある椅子へと座る様子を見てから、部屋へと戻った。
その後、食事を終えたベルドとウルがレアの部屋へと訪れる。
ベルドが腰に付けているポーチから玉のようなモノを取り出し、三人の中心へと置く。すると周囲に魔法で作られた膜が張られたのをレアは感じた。ベルド曰く、どうやら簡易防音壁を出すことのできる魔道具なのだとか。レアは胸を撫で下ろした後、ベルドから話を聞いた。
「この街で借りられる一軒家がないかを確認してきたのだけれど、該当物件が三軒あったね。ここと、ここと、ここだ」
目の前に広げられた地図をベルドは指差していく。三箇所のうち最後に指し示された場所には見覚えがあった。
「この場所が一番、ミナの神聖魔力の残滓が残っていたと思う」
「やっぱりそうか。この物件は街で一番の広さを持つ屋敷だと聞いていたから、隠すにはうってつけの場所だよね。今この屋敷ともう一軒が借りられている状況だとギルドは言っていたよ」
ベルドは納得したような表情で頷いている。
話を聞くと、他の二軒は庶民が使用するような一軒家らしく、そこまで広さはないのだとか。だからこの屋敷を借りているのだろう、とベルドは話す。
「でも、大きな屋敷を借りたら目立つような気がするんだけど……」
レアはベルドの意見に疑問を唱える。
こんな大きな屋敷で何か起これば、それこそ街中で噂になりそうなものなのだが。そう彼女が考えていると、今まで一言も発していなかったウルが口を開いた。
「……食堂で王太子が聖女を探す旅に出ているという噂があっただろう」
「あ、お忍びでって話があったよね」
「え、今の話本当かい?」
二人の言葉にベルドは目を瞬かせる。ギルドではその情報を得られなかったようだ。
「うん。王都が今大変らしいよ。どの街を巡るのかはわからないけど、そんな話があるんだって」
レアの話に顎を触りながら考え込むベルド。そしてすぐに何か閃いたのか、二人に顔を向ける。
「もしかして……この国の王太子がこの街に来る可能性はないか? 表向きは聖女を探す旅となっているけど、実は大聖女だったミナさんを連れ戻す旅だとか」
「……可能性は高そうだ」
「それあるかも」
レアは思いだす。元々ミナは大聖女としてこの国の王太子と婚約を結んでいたことを。それを公で破棄したのが、紛れも無い王太子なのである。彼がミナを大聖女から引きずり落としたことによる弊害が、表面化し始めているのだろう。
「つまり、ミナを追放した王太子が……ミナの能力は有用であることに気づいて、連れ戻そうとしているかもしれないってこと?」
「その可能性はあるな」
レアの眉間に深い皺が刻まれた。
ミナを手放したのに、また閉じ込めようとするなんて……と、心の中がすっきりとせず、彼女は唇を尖らせる。ただ……自由を知ったミナが籠の中の鳥のように、閉じ込められたままでいるだろうか。
……いや、それはないとレアは思った。
もしミナは素直に言うことを聞くだろうと王太子が判断していれば、彼はミナのことをきちんと理解していないだけだ。彼女が否定すると考えた上で対策を練っているのであれば、その策を行使される前に助けなければならない。
レアが唸っていると、ベルドが何かを思い出したらしい。
「あ、そういえばこの国の王太子様は結構自分の待遇を気にする人だと聞いているよ。もしかして……街で一番大きな屋敷を借りたのは王太子への忖度という可能性はないかな?」
「うん……ありそう……」
ミナから聞いていた王太子像を思い浮かべるレア。
顔は知らないけれど……唾を飛ばしながらミナへ婚約破棄を告げる王子の姿が思い起こされる。
「つまり、早く救出した方が良さそうだな。ベルド、今日行くか?」
「そうだね。屋敷の入り口は大通りに面していないから、そちらから侵入できるように計画を立てよう」
「ああ、俺の魔道具も使ってくれ」
「え、あれも使っていいの? 助かるよ、ウル」
三人で頭を突き合わせ、夜に向けて策を練っていく。聖女の時にはなかった皆で作り上げていく感覚。不謹慎だとは思いながらも、ひとつの目標に向けて突き進むという行動に、胸の高鳴りを覚えていた。
陽が完全に沈むと、三人は屋敷の近くへと移動した。
朝ウルと訪れた食堂の前を通り過ぎる。もうすでに夕食の時間だからだろう、店内は繁盛しており、一瞥しただけでもテーブルは埋まっているように見えた。しかしそんな食堂の喧騒もレアの耳には遠い出来事のように聞こえた。
食堂を通り過ぎ、三人は暗がりに紛れてウルから借りた魔道具を使用する。すると、三人の周囲に膜が張られた。姿を希薄にする魔道具らしい。完全に姿を消す魔道具は高くて手が出ないとのことではあるが、今回歩くのは暗がりである。この魔道具だけでも問題ないと判断した。
人通りが少なくなった道を三人は息を潜めて歩いていく。しばらく歩くと、屋敷の門が見えてきた。門の周囲には誰もいない。それがまた不気味さを一層際立たせていた。
三人は門の前へと陣取り、中を窺った。
門の隙間から見える屋敷は静寂に包まれている。夜だというのに明かりすらついていない。三人は門の前に陣取ると、顔を見合わせた。
「ベルドさん、本当にこの屋敷借りられてるの?」
「……ギルドではそうなっていたんだけど……」
不思議そうな表情で首を傾げるベルド。ウルは目を細めながら屋敷を見ている。
「地下室か?」
「そっか、その可能性もあるよね。それにしても静かすぎないかな?」
王太子がいるにしては不用心ではないか、と思ったけれどベルドには思い当たる節があるらしい。
「お忍びってことは、王太子の従者も護衛が数人しかいない可能性がある。そうすると、外までは対応しきれないのかもしれないね」
「なるほど……」
従者が多くいたらお忍びではないよね……とレアは思う。三人にとっては有利になっているのだが。
「さて、そろそろ向かおうか」
ベルドの言葉にレアとウルは無言で深く頷いた。
そしていざミナを救出だ! と三人が屋敷の塀に手を掛け、目の前に佇む堅牢な守りを突破しようと動き出した、そんな時。
――突如として、鼓膜を震わせるほどの……爆発音らしき轟音が、夜の静寂を切り裂く。
足元から突き上げるような衝撃に、三人は思わず地面に手をついた。
「えっ?!」
思わず声を上げたレアの耳に届いたのは、周囲の住人の叫び声や悲鳴だ。水を打ったような静けさから一変、夜とは思えないほどの喧騒が辺りを包み始めた。三人は家から飛び出てくる住人たちに見つからないよう、振動によって鍵が開いたらしい門から静かに侵入する。
門に錠を掛け、塀付近に植えられている低木や木々の間に三人は隠れた。
そして改めて屋敷を見据えると……今まで見たことのないほど大量のどす黒い煙が夜空へと立ち昇っていた。




