43、消えた大聖女
レアもミナが何を考えているのか、理解しているようだ。
ミナが彼女へと顔を向けると普段の笑顔は鳴りを潜め、頬が引き締まっている。ミナは今から行うことが二人にとって、忌避すべきことであることは理解していた。だからと言って、二体のフェンリルをこのままにしておくわけにはいかない。
これが今できる最善の策なのだ。
レアもその覚悟ができているようで、ミナの手を堅く握っている。彼女はレアへ微笑んだ。
「レア、ありがとう」
これをベルドやウルに見せるということは……二人の人生が変わるかもしれないことを踏まえての礼だった。けれども、とっくにレアはその覚悟を終えていたようだ。ミナの感謝に笑顔を向けた。
「ミナ、私たちは一心同体だよ」
「そうだったな」
二人は笑い合った後、腕輪を付けた手を前に出す。ミナは右手、レアは左手だ。
そして空いている手は、お互い力を入れて握りしめる。最初は小刻みに震えていた手も……お互いの温もりを感じると、次第に心も体も落ち着いていく。そしてベルドとウルが同時にフェンリルから魔法を受けて、後退したその瞬間。二人は神聖魔力を腕輪に込めた。
二人の腕輪から、今まで見たこともないような強さの光が周囲を包み込む。呆然と二人を見ているベルドやウルだけでなく、こちらに牙を向けていたフェンリル二体をも光は呑み込んでいく。
フェンリルの身体を光がすっぽりと覆うと、二体は何故か身体が拘束されたように動かなくなる。そして、末端から黒い煙のようなものへと変化すると……すぐに消散していく。
消えたくないと言わんばかりに遠吠えを何度も繰り返すフェンリルたち。その表情には先ほどまでの強者としての余裕はない。あるのはお腹が空いているのに、餌をお預けされたような焦りの表情のみ。
彼らは光に拘束されたまま、ゆっくりと消えていく。
そしてフェンリルが黒い煙……瘴気となって消滅後、光はさらに奥にあった瘴気溜まりへと手を伸ばす。最初は拮抗していた沼と光だったが、後から後から現れる光の奔流に沼が耐えきれなかったらしい。
それが光に呑み込まれると、一瞬にしてすべて消え去っていく。
ミナは思った。
やはりこの腕輪は神聖魔力を溜め込むだけでなく、神聖魔力を増幅する機能も付いている。二人の神聖魔力が多いことも幸いだったが、この増幅する力によって全てを綺麗さっぱり浄化できたようだ。
沼が消え失せると、ミナとレアの浄化の光も消えていく。そして光がなくなると、そこは先ほどのようなおどろおどろしさがなくなり……以前と同じく水面が浄化の光の名残でキラキラと光っている。
重々しい空気はなく……今も朝を迎えたように爽快な気分だ。
ミナとレアは前に突き出していた手を下ろす。そして二人で顔を合わせて微笑みあった後……そこで意識を失った。
人形のように倒れる二人を見て慌てたベルドとウル。ベルドはミナを、ウルはレアを抱き留めた。
二人は満足げな表情だ。二人の状況確認のためすぐにベルドがミナの口元に手をかざす。ミナの口から息を吐いている様子が窺え、ベルドは胸を撫で下ろした。
「ウル、レアさんは大丈夫そう?」
「寝ているだけかと」
「こっちもだよ。あー、焦ったなぁ。何をやるのかと思ったら……」
二人は彼女たちを抱えて、近くの大きな木の根元へと寝かせてから、着ていたマントを寝ている二人の身体に掛ける。そして周囲の状況を確認するために、泉へと近づいていった。
どうやらこの場所は完全に浄化されたようだ。
そのことを理解したベルドは、大きなため息をついた。
フェンリルが二体現れた時は、万が一……のことが頭をよぎったけれど、結局彼女たちに助けられてしまったのだ。
ベルドのため息にウルが言葉を濁しながら、小声で話し出す。
「やはり二人は……」
「うん、そうだろうね」
ベルドとウルは知っていた。
グランデとランディア王国の大聖女(候補)が、裏で追放されていたということを。彼らが冒険者という立ち位置を取っているのは、社交界や権力闘争が面倒だから……ということももちろんなのだが、国に所属するのと違い、個人で自由に動けるからなのである。
彼らはベルドの実家や皇帝と繋がっており、秘密裏に指令や情報がギルドを通して与えられていた。
もちろん、その内容はギルドに伝えられているものもあれば、伝えられていないものもある。
実は先の街に来たのも、追放によってもし聖女たちが帝国に来るのであれば、一番に滞在するのがあの街だからだ。聖女たちを発見し、彼女たちが何を求めているのか、というのを観察して判断してほしい……それが依頼のひとつだった。
ベルドとウルは彼女たちの様子を見て、聖女として働くつもりはないのだろうと判断する。だからその報告を以て、街を離れてこの街に来る予定だった。
けれども、まさか二人が仲間としてベルドとウルを選ぶとは思っていなかったのだ。
そうなったのは、メラニルから頼みこまれて人攫いの依頼を受けており、その追っていた人攫いがミナとレアの二人を狙っていたという偶然によって生まれたものだが。
メラニルには聖女の件は伝えられていない。だからいつの間にか、ベルドとウルも仲間候補に入れられていた。それに気がついたのは、資料を渡された後だったのだが……。
「彼女たちは聖女として王国で搾取されていたようだ。特にミナさんは……聖女の仕事を一人で九割方やらされていたらしい。平民だからと搾取して、要らなくなったら捨てる……許せないな」
「……」
ウルもベルドと同様の想いだった。
聖女は使い捨ての道具ではないからだ。しかも――
「追放した聖女を秘密裏に探してる? 本当に馬鹿げている」
表向き大聖女が病に臥せていると国民には発表している癖に、やっぱり必要だからと国に呼び戻そうとしている。彼女の心を踏みにじる行為にベルドの怒りが沸々と湧く。
「二人には自由に楽しく過ごしてほしいものだね」
無防備な姿で寝ている二人の顔を一瞥するベルド。そして気を取り直し、泉の周囲を確認するようにウルへと指示を出した。
もう瘴気もなく安全だろう、そう辺境伯にあとは報告すれば良い……と判断した二人は二人を寝かせている木へと向かう。
ミナとレアが起きるまで休憩を……そう考えた二人だったが、ふと木の根元を見て違和感を覚える。
右ではウルのマントを掛けられたレアが眠っている。そして左にはミナがいたはずなのだが……ベルドのマントを残して、ミナの姿が消えていたのだった。
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