溢れ出る憎しみ
アカネが抜けたこともあって徐々に元の色に戻っていた魔力液は遠目でガラス越しでも分かるほど逆流し始めていた。凄い勢いで下へと逆流し、あまりの水圧で頑丈そうな駆動魔機でさえガタガタ震えていた。
「な、何を!?」
「ん〜?分かんない〜。何となくこうしなきゃって〜。だって委員長吸ってくれないでしょ〜?私の事を殺したいって思って攻撃してくるでしょ〜?ならこうするしかないよ〜。
イヤラ山から吸い取った魔力液はこの要塞に拡がって使われてるの〜。それを急激に戻してるんだ〜。そうする事によってイヤラ山は生気を取り戻し、それ以上に魔力液を捧げると〜、この山は噴火を始めるんだ〜。」
「ふ、噴火?吸い上げてるのを戻してるだけなのに....そもそもここは元から寒くて死に体の山なんじゃ!?」
「人や魔獣だけじゃなくて自然も魔力を練ってるんだよ〜?理屈は忘れちゃったけど〜、今まで吸い上げて来た過去の魔力を全部押し返すことになる。なら噴火は当然だよね〜、明らかな容量オーバーだもん〜。
それにこの山は死に体じゃないよ?この異常な環境は全てイヤラ山の魔力によるもの。実は凄い山なんだよ〜?
....あれ?私なんでこんな事知ってるんだっけ?忘れちゃったぁ〜。」
人差し指で頭をグリグリ押しながらケタケタ笑い始めるアカネ。行動、発言共に一貫性がなく完全に頭のネジが外れている様子。だが彼女の言っていた噴火、それは間違いないとサチコは理解していた。現に部屋全体が揺れる程の衝撃がある上、警告音のブザーが鳴り響いている。
「ま、そんな事どうでもいいや〜。ねぇ委員長ぉ〜?このままじゃ私達は勿論、この要塞内にいる人間は全員死ぬ事になるよ〜?嫌だよね〜?なら、この煙を吸って〜?別に難しくないでしょ〜?吸うだけだもん。
私はこの要塞とか争いに全く興味が無いの〜。私はただ、委員長に贖罪をしたいだけなんだ〜。」
ヘラヘラしながらもアカネはそう条件を出した。これはサチコにとって難しい選択ではない。吸うことは断固として有り得ない。吸った者がどうなるかなど外の中毒者を見れば明らかであった。
しかしそれでも即答出来ないのは彼女自身、不安であったからだ。ここでキッパリと言い切ると、恐らく戦闘になる。アカネはサチコに煙を吸わせる為、サチコはアカネを倒して魔力液の流れを止める為。
この世界でサチコは力をつけてきた。魔法の使い方だけでなく、知識や体術を。魔人ローや二神衛のラオ、手も足も出ない猛者に叩き潰されようとも、微々たるものであろうと自信は身に付いた。
だが今の彼女はかなり不利であった。ローやラオのような猛者感を発さずとも強大な魔力を身につけているアカネ、あっさりといくかもしれないし苦戦を強いられるかもしれないと戦闘の光景が浮かばない。
その上、今の彼女は魔力が練れない。どれ程魔力を練ろうと過去の思い出を遡っても何一つ憎しみの種になるものが出てこない。
彼女の憎しみや恨みは魔力によって変換する。魔法を使えば使う程、その時得た憎しみは消えていく。サチコは過去の思い出もこれまで精算してきた。小さな事から大きい事まで。
小さなものでいえばギルドや私生活でムッとするような事柄だが、今の彼女の私生活は充実そのもの。煽られれば激怒してしまう程にギルドメンバーが大好き故に、そこから得られる魔力など塵のようなもの。
大きなものと言えばこの世界で触れた黒い闇と日本にいた時の思い出。この世界で得た胸糞悪い思い出はもう全て使っていた。もしまだ残っているのなら、ラオとの戦闘はもっと魔力を練る事ができ、今回も直ぐに魔力を練っている。
そして日本の思い出はこの世界に来てから間もなくして全て使っていた。裏奴隷として黒爪によって捕らえられた際、魔力を吸い取る手錠を破壊する為に全ての思い出を捧げていた。今の彼女にとって日本での思い出は恐怖を感じるも憎しみ等は感じれなかった。
技術や知恵はあるが、魔力の練れないサチコ。頭は変になっているが膨大な魔力を得ているアカネ。勝敗は戦いが始まる前に明らかであり、サチコも理解している。だからこそ、サチコは即決はできない上、吸った方が皆が助かるから良いとも思ってしまう。
――でも....嫌だ!もう私はこの人達の思い通りになりたくない!私にしてきた事を本当に悪いって思ってくれてるとはいえ、もう自分を犠牲になんかしたくない!私は...私はこの世界で生きる希望を見たんだ!一緒に生きていきたいって思える人と出会えた!
だけどどうすれば...このまま感情に任せて否定しても、私には勝つ算段が....
悩んでいたサチコだったが、ハッと気が付き、自分の胸ポケットから小瓶を取り出した。イヤラ山に来る前にラーズから手渡された魔力液の入った小瓶であった。
見た感じ明らかに足りないが、そもそも劇薬のようなもので多いのか少ないのか判断は付かない。だが魔力を全く練れない彼女にとっては希望の薬であった。
――これしかない。私は感情型だから、ラーズさんも想像つかないって言ってた。もしかしたらただ不味いだけで何も得られないかもだし、少しくらいなら得られるかも。最悪、死んじゃうかもしれない。
....でも、このままならこの要塞の人達...少なくとも私は確実に死ぬ。なら、少しの危険は目を瞑って....やるしか!
決心をしたサチコは小瓶を開け、中の魔力液を飲んだ。ラーズに言われていた注意点を気にしつつ、一気にグイッと体内へ。
味は苦味しかない水、まるで毒を飲んだ感覚に陥った彼女は飲み込んだ後喉を抑えた。
その直後、耳に入る程大きく心臓の鼓動が聞こえ、視界が真っ白になる。否、視界ではなく彼女自身が白いあの空間へ飛ばされていた。
イヤラ山に来る前のトラウマが蘇り、謎の黒い人物の事が過る。しかしそれを意識する前に黒い者はサチコの背後にいた。最初から居たかのように立っており、彼女が恐怖で怯えるよりも早く黒い者の手がサチコの心臓を握る。
確かに握られる感触があり、あまりの苦痛にサチコの表情が歪んだ。すると自分の胸から黒い靄が広がり、サチコを包んだ。苦痛は煙のように消え、何故かその黒い靄に包まれる事に安心感を得てしまう。それと同時に彼女の中から憎しみが沸き起こる。
理由はなく、特定の人物に対してとかはなく、ただただ不自然な憎しみを彼女は感じた。
視界が元に戻る。そして目の前に見つけたアカネを見て、サチコの脳裏から日本にいた時のイジメを思い出した。前までは恐ろしいだけで怒りや憎しみは何も得られなかったが、今では恐ろしさをかき消す程の憎しみに溢れていた。
――なんで....なんであんな酷い事が出来たの?反省してた?謝りたかった?
「ふざけないで...ふざけるなふざけるなふざけるなぁぁぁぁ!!あんなに楽しそうに笑ってた癖にぃぃぃ!!」
心の叫びが声として現れ、自分の声が脳を洗脳する。憎しみは憎しみを生み、もはや苦しさをも感じられる程の激しい憎悪。苦痛に身体を蝕まれるが、その痛みを感じれば感じる程憎悪が増大する。
力と憎しみが今まで感じたことのないほどの上昇し、彼女の瞳はあっという間に光を映さぬ漆黒の瞳へと変化する。
「お、おい!大丈夫なのかサチコ!」
サチコの目を疑う程の変貌ぶりにヨノンは焦って声を掛けるが、その声を聞いたサチコの身体は鳥肌が立ち、歯を食いしばった。
ゆっくりとサチコは振り返ると、ヨノンとバドーの手前の床を増大した腕力で破壊した。二人は飛び散る破片と共に後ろへ飛ばされる。
「グッ!な、何するんだサチコ!」
「黙ってて下さい!今の私は正気を保てる自信が無い!このままだと貴方達にも手を出してしまいます!だから大人しく見守ってて下さいよ!!」
そう怒鳴りながらサチコは二人を睨みつけるが、彼女は何かを耐えているとヨノンは一瞬で悟った。サチコの魔法は初見であるが、彼女の変貌と魔力、自分の常識では計り知れない領域にいるのだと察し、ヨノンは黙って頷いた。




