第19話『交錯してるような気がする』
生ぬるい春風が収まりつつあった。
そんな五月の最初の土曜日、その日はゴールデンウィークの真っ最中だった。
その二つの意味することは満員電車にある。もちろん暖房なんて動いてないし、あったかくなったため少し薄着の人が増えた。そのおかげで息苦しくはあるが暑苦しくなることは無かった。
「優凛、眠い」
俺が座っている座席の横の扉にもたれ掛かった暁美ちゃんが欠伸混じりにそう言った。
時刻は朝八時。女は化粧やらなんやらで準備に長い時間を要するので、七時には起きていただろう。
「ねえ暁美。私の服おかしくない?」
自分の格好を見て、暁美ちゃんはに尋ねる。
優凛ちゃんは、よく分からない青色のイラストが書かれた白いティーシャツとその上から水色のリネンシャツを羽織っている。それと組み合わせて、薄ピンク色のイレヘムスカートを着用している。
「いいと思うよ? うん」
いいと言っているが、吟味は終わっていないらしく優凛ちゃんの顔と服を交互に見比べている。
俺から見れば十分だと思うが現役女子高校生にはイマイチらしい。
「ちょっと鞄どけて」
「うん」
優凛ちゃんが鞄を持ち上げたのを確認すると、暁美ちゃんは少し姿勢を低くして、優凛ちゃんが着ている水色のシャツのボタンを外した。
それからシャツの裾を何やらぐるぐるして、そして膝を伸ばした。
「やっぱこっちのほうがいいっしょ」
「なんか変わるの?」
「大人っぽくなった」
「へー。そうなんだ」
暁美ちゃんは納得したようだが、本人はよく理解してない。ファッションに疎いんだろう。服もきっと暁美ちゃんに選んでもらったんだろうな。
「大島も多分可愛いって思うんじゃない?」
暁美ちゃんの口角が少し上がった。
「思ってくれるかな」
優凛ちゃんは好きだという気持ちを否定することなく、ただ大島くんとやらがどう思うかを憂いている。
優凛ちゃんのそんな様子に暁美ちゃんは驚く。からかうつもりが、優凛ちゃんにとってはそんなプロセスは超えているらしい。
「思うよ」
真剣に考えていることを茶化すことほど野暮なことはない。だから暁美ちゃんは変に言葉を付けずにそう答えたのだろう。
◆ ◆ ◆
大阪駅を過ぎたあたりだった。優凛ちゃんが携帯から顔を上げた。
「ねえ暁美」
「どした」
「ユニバって何あったっけ?」
「そりゃ色々、って優凛知らないの?」
「実は小さい頃に一回行っただけであんまり覚えてない」
「あー……」
言ってしばらく黙る。思い当たる節があるようだ。
微妙に話が合わなかったり相談してもあまり主張しなかったり、みたいなことだろう。
「だから電車わからなかったんだ」
「うん」
優凛ちゃんは気まずそうに曖昧に返事をした。
「まあ、電車はいいとしてアトラクションで有名なのはジュラシックパークとかスパイダーマンとかハリドリとか、検索したら出てくるよ?」
携帯を操作し、アトラクション紹介ページを優凛ちゃんに見せる。
「私もそう思って調べたんだけど、実際にどれが楽しそうなのかよくわかんなかった」
ほら、と自分の携帯を見せ返す。履歴が残っていたのか何かを入力した様子はない。
「写真と実物は違うって言うしね、後は見てからのお楽しみってことで」
「いいけど、何に乗るかとか決めてる?」
「要相談かな。私達だけじゃないし」
「そりゃそっか」
行き先がユニバーサル・スタジオ・ジャパンということは、彼女たちとは西九条駅でお別れのようだ。
一緒に行く人が大島くんだけなのか他にもいるのか知らないが楽しんで来れるなら文句はない。
親にでもなったつもりか、俺は。
「あ、優凛、みんなもうすぐ着くって」
明美ちゃんが優凛ちゃんに携帯の画面を見せる。
「ほんとだ。私達ももうすぐって言っといて」
「はいよ」
◆ ◆ ◆
西九条駅に着いた頃には車内が落ち着いてきた――ということもなく依然として混雑している。停車した駅で乗り降りが繰り返されるので一向に客が減る気配がない。
「優凛、みんなもう着いたって」
「私達が最後じゃん」
「そうみたいだねー」
「待たせて申し訳ないね」
「たくさんいるし退屈はしないっしょ」
「あ、みんないた」
ほら、と指で示した方向を暁美ちゃんが見た。それにならって俺も見たがいかんせん人が多いせいでどれが大島くん達なのかわからない。周りの目を気にして横目でしか後ろを見ていないのもあるけど。横目で後ろを見るってなんだ。
「ほんとだ」
「まだ気づいてないみたい」
アナウンスとともに開いた扉は二人とは反対の扉だった。扉が開くと、どんどん客が降りていく。二人もそれに遅れないように扉を離れた。降りた客の隙間を埋めるようにどっと駅の喧騒が流れ込む。
二人が降りるのと同時に耳に残る声が複数あった。
「いちごちゃんたちまだかな」
「何焦ってんの?」
「だってちょっと着く時間早かったしもしかしたらもう駅から出てるかも」
「何言ってんの? ラケット」
耳に残ったのは知った名前が出ていたからだ。
いちごちゃんに、ラケット。
「莉絵ちゃんはさー何乗りたいとかあるん?」
「そうですねーやっぱりハリドリは乗りたいです」
「リンあれすきだもんね」
莉絵、リン、それにあの軽薄そうな声はきっとスパイクの声だ。
確かあいつらは優凛ちゃん達と同じ学校だったか。そういや遊園地に行くとか何とか言ってたな。まあ、偶然だろう。
「はぐれないでよ優凛」
「暁美がでしょ」
「そうとも言う」
開いた扉を通る二人の表情はとびきりの笑顔だった。




