第16話『好み』
「西野先生って誕生日今日だったんだって」
十一月にしては珍しく雨が降っている日だった。夕暮れ時の社会全体が帰宅ムードで占められ、車内は雨によっていつもよりも憂鬱となっていた。
そんな中、言わずもがな塾に行くであろう二人の第一声は暁美ちゃんのそんな一言だった。
「理科の先生の?」
他に西野先生がいるのか、優凛ちゃんは該当するであろう人物の詳細を暁美ちゃんに聞いた。
「他に誰かいたっけ?」
「うん。スクールカウンセラーの西野正美先生」
「聞いたことない」
暁美ちゃんと同じ意見だ。スクールカウンセラーだと? 聞いたこともない。
「そりゃあ。私も話したことないし」
「そーなん?」
「入学式の時に居たと思う」
「流石、記憶力の鬼だね」
「先生の名前と顔くらい覚えてた方がいいよ」
「何で? 三年間しか合わないんだし別にいいじゃん」
「大人になったら上司や先輩の顔覚えないといけないでしょ? その練習」
「中学生にしてもう将来のことを考えてるのか……」
暁美ちゃんの言うことは間違っていない。学生の内は先生というものは卒業したらそれまでで、それから教師、生徒間で付き合いがあることは珍しい。大学生となるとまた話は違うかもしれないけど。
少なくとも俺には学生の頃の先生と付き合いはない。しかし、それが大人になると下手したら出会ってから死ぬまで顔を合わせ続けるかもしれない。つまり優凛ちゃんの練習は世渡りの術を得るためとして、合理的と言える。
「まあ。ついでだよ、将来のこととか考えてないし」
「色々考えてんのね」
「いや、だから考えてないって」
「一応考えてるじゃん。私みたいな奴はそんなの考えずに楽しく過ごせたらいいなーとしか思ってないの」
「私も楽しさ優先なんだけど、まあいっか」
二人の言い分が噛み合わないのは、きっと認識の違いから来るものだろう。自分から見た自分と他人から見た自分は違う、みたいな。
やりとりに疲れたのか溜め息を吐く優凛ちゃんだが暁美ちゃんは変わらず話を続けている。
「そんなことより西野先生誕生日じゃん? それで思い出したんだけど、優凛って誕生日いつなの?」
「十一月二十日」
「へー、十一月って今月じゃん。二十日、明後日じゃん。明後日じゃん!?」
暁美ちゃんにとって思いがけず近い日だったようで、思わずと言った様子で座席を立ち上がっていた。
対して優凛ちゃんはどうでもいいのか退屈な視線を暁美ちゃんに向けている。無表情に近い。
「あ、うん」
「反応うっす」
「そんなに祝う事ないでしょ。私の誕生日なんて」
「くっら。暗いよ優凛。私の誕生日の時は笑顔で祝ってくれたのに」
「捏造しないの。笑顔じゃないニヤニヤしてただけ」
「わざわざ嬉しくないように訂正しなくても……」
「事実だし」
「いやめっちゃ笑ってたし。今でも覚えてるよ。学校でみんなと別れた後照れながら誕プレ渡してくれた優凛の顔」
「うるさい。笑顔じゃないし」
「細かいことはいいんだよ! 明後日だよね? 私、みんなに言っとくからね」
そう言ってサッと携帯を開いて何やらメッセージを打ち込んだ。即断即決。彼女のいい所だ。
「あー余計な事を」
「文句言わない。てかなんで嫌なの? 祝ってくれるってすごく嬉しいじゃん」
暁美ちゃんはメッセージを送信した後も眺めていた画面を暗くして優凛ちゃんの方へ向き直した。
「なんか、気持ち悪い」
「え?」
優凛ちゃんは中々酷いことを言ったが暁美ちゃんには聞こえてなかったみたいだ
「気持ち悪いから」
「え??」
二回目となると流石に聞き手が悪い。だが暁美ちゃんは難聴でもないし、何か別の意図があるのかもしれない。
「恥ずかしいから!」
「なんだー可愛いじゃん。優凛ちゃんは素直じゃないねーやれやれ」
「うるさい」
なるほど。
優凛ちゃんは本心とは違うことを言っていた。それが分かっていたから暁美ちゃんは聞き直した。それで合っているのかと。一年ほどとはいえ一緒に過ごした優凛ちゃんなら一発で気づいたのだろう。単に聴き逃したんじゃないと。
つまりお互いに分かり合っていた。ということだ。
「参考までに優凛って何が好き?」
「大きくて綺麗ないちご」
「なるほど」
彼女は案外女の子らしかった。




