俺はこうしてその「何か」と出会った
イラストとか募集したいのですがやり方が分かりましえん
「あと二時間か……」
俺以外に物音を立てる人など誰一人として居ない、虚しさまでも込み上げてくるほどの静かなその空間。その中でただカチカチと音色にも似た刻みの良いリズムを生み出している掛け時計を見ながら、ふと俺はぼやくように独り言を溢した。
ここは我が母校、塩原南高校の新校舎に設立されている図書室である。
他の高校のそれを見たことがないので比較的な表現ができないものの、辺りを見渡せばそれなりに数多くの読み物が並んでいる。歴史書からライトノベルまで、カテゴリーは十分にあると言えるだろう。
登校義務の無い高校生が皆自己で作り出す登校義務もどきなるもの(高校生のあるあるだよな)を果たした放課後のこと、図書室中にある木製の長机で俺は、図書室を一人で占拠している優越感に浸りながら黙々と読書に励んでいた。
別に1人で図書室に来たからって、友達が居ない訳じゃないからな。勘違いすんなよ。一人や二人くらいなら居るからな。いやほんとに。
なんて言ってると自分で自分の首を絞めかねない。俺もそこまで愚かな男にはなりたくないので、早急にこの語りはやめておくのが得策だ。ていうか俺マジで友達居たっけ。
無駄な自問自答ほど哀れで無価値なものは無いと身に染みつつ、俺はまた目線を本から時計に移した。
時刻は五時十二分――俺があと二時間かとぼやいたときから差ほど時計の長針は動いていない。頑張れ秒針よ、お前ならもっと頑張れるはずだ。
これより二時間後、つまりは七時。五月を下回ったこんな季節でもさすがに太陽はお役目御免の時間帯だ。そんな闇夜の中、月明かりに照らされながら健全な男子高校生が何をするのかといっても別段そんな大したことをするわけでもないし、誰が持つであろう期待や好奇心などをとことん食いちぎってしまうこと請け合いだ。
率直に言ってしまえば、コンビニのバイトである。しかも初日。
学校側から近いバイト先を選んだので、一旦家に帰るのも面倒極まりなくこうしてここに残っていることにしたのだ。
なぜ図書室なのかって? 女子に占領され荒れ地と化したあの空間を見てもそんなこと言える人間が居たら真っ先に気を疑うぜ。クラスの中で底辺レベルの立ち位置に属している俺はあまり味な真似しやがることはできないのだ。
まぁ町中をフラフラするのも悪くないんだが、何よりも俺はこの図書室である本を読んでいたかった。
『お兄ちゃんの財布はマジックテープ第二巻』。
ちなみにカテゴライズとしてはライトノベルに分類される。金髪ツインテール美少女が、マジックテープ式の財布を使う兄に牛革製の良さを伝えていく青春ラブコメである。いやはやこれが意外と面白い。数少ない中のとある友人から勧められ借りて読んでみたのだが、流れるようにページがめくられていく。瞬く間に俺はこの『おにマジ』の虜となってしまった。
一巻は借りたものの、とある拍子でこのシリーズが図書室の本棚に揃っていることを知り、二巻からはここで読むことにした。どうせ今日学校には残る予定だったことだし、一石二鳥と言えるだろう。
お、アリスのパンチラきた。これで三十六回目かな。
などと着々と読み進めていく俺。ちなみにアリスとは主人公の金髪ツインテ美少女である。いつしか物語の修羅場展開に入ったとき、あと二時間がどうのとかバイトがどうのとかいう話はもはや、俺の脳内で形成された無意識の世界には紛れ込むことすらできずにいた。完全に俺の魂は、このライトノベル一冊の中に吸い込まれたであろう感覚に陥っていたのである。
――だから俺が「その出来事」に気づいたのは、邪心の欠片も残っていないような無表情で、アリスの五十回目のパンチラ描写を読み終えた頃の話だった。
「ひぐっ……ひっ……うぅ」
「え……?」
唐突に、前ぶりも何も無く、
声、のようなものが聞こえた。もしそれが声だったとするならば、泣き声と判別できるもの。
気のせいではない。はっきりと、現実味のあるそれが俺の耳に衝撃にも似た感覚を送り込んできたのだ。
図書室のみならず高等学校に分類されるこの校舎内ではあまり馴染みのないような、とても幼い声であることが印象的だ。かといってそこまで低年齢を連想させるほどではなく、あくまでもその声は自然で、不思議な安らぎのようなものを感じさせる透き通るような声。
………………。
しかし状況が状況だ。
寝る間際にベットの上で流したラジオ番組からでも聞こえてきた声ならば身体中の疲労という疲労を癒してくれそうな限りだが、当然ここはラジオの中でも俺のベットの上でもない。さっきまで、俺の体が動くたびにどこかしこから響く物音と掛け時計のカチカチと鳴る音色だけが支配していた空間だぞ。それ以外の音が聞こえることなんて、ありえないはず。
しかし俺の勝手な理論も虚しく、信じたくない出来事が起きてしまったことに変わりはなかった。
それ以外の音――声が、鳴り響いてしまったのだ。
さすがに驚いた。露骨に驚いた。
俺は思わず反射的に腰を引き、座っていた椅子を滑らせた後、両手で読んでいた小説を離して床に落としてしまった。
いつでも逃げられる体勢を整えながら、俺は声のしている方向へと目を向け警戒する。人間の身長を遥かに越える本棚に丁度隠された場所――その上の、天井に吊り下げられたプレートを見ると『図鑑コーナー』。
心臓の高鳴り。額から滲む嫌な汗。金属製の椅子の足が床を擦る音。そして響き渡る泣き声。
間違いない。何か居る。
認識はした。したのだが、それでどうという話ではない。
どうする? 見に行くか? いやでもこれってあれじゃん。幽霊ってやつじゃん。俺幽霊苦手なんだけど。深夜に一人でトイレ行くと後ろから視線感じるようなほどなんだけど。
いや待て、俺は図書室へ来るときあの場所を確認したか? 本当に図書室の中は俺一人だったか? 本当は俺だけじゃなくて人が居たんじゃないのか。いや、気配も物音すら何も無かったって何なんだ。スパイか。こんなロリ声スパイが居るか。
暗中模索、自問自答を繰り返すこと約十分。未だ鳴り続けている泣き声をバックに自分と自分でお互いの出し合う意見を尊重し合った結果、どうにか曖昧にも決意なるものを見出だすことに成功させた。
――見に行くか。
さっき聞いた声も何だか生気が宿ってたし、恐らく幽霊の部類ではない(確かに気配やら物音やらの点は疑問だが)。最悪幽霊だったとしても、美少女の幽霊だ。美少女の幽霊ならこれは男としてラッキーじゃないか。よし、これからどこか遊びに行こうぜ!
なんてことで自分を勇気づけ、若干硬直気味にあった体を動かす。向かう場所は勿論――あの声のする場所。
上履きの音が空々しく響きながら近づくたび、当然のことながら声は大きくなっていく。俺の胸の辺りから聞こえる心臓音も断末魔としても受け取れるような高鳴りを見せ、どうやら自分へかけた激励は無力だったらしいと痛感させられる。
ゆっくりと――ゆっくりと、じょじょにその距離を縮めていき、とうとうその目的の場所へと足を踏み入れてしまった俺。その流れに身を任せ、本棚に隠されていたその場所をこの目で――見た。見てしまったと言うべきだろうか。
刹那、俺の目の前にある世界は一転した。
映し出され、広がっていくビジョン。現実。
そこにあったのは――、
「……あう?」
「……あ」
………………。
幽霊かどうかはこの場合、強制的に置いておくとしてだ。
確かに、どえらい美少女がそこに居た。
最近思うことがあるんですが
ラノベとか読みすぎてると、その中で起きた出来事が本当に現実でも起きてしまうんじゃないかという錯覚に陥ってしまいますよね
俺もそんな錯覚を生み出される小説を書きたいと思う今日この頃のあとがきでございます