11:光の力②
澄が紗依李の家に着くのと、強い負の力が消えるのはほぼ同時だった。漂う残り香さえもなく、跡形もなく消え去った。澄の力を持ってしてもここまで完璧に負の力をかき消す事など不可能だ。
「・・・・・な・・・・」
「ククク・・・」
愕然とした澄の耳に、押し殺したような笑い声が響く。オーディが笑っている。人ならば肩を震わせて声を押し殺しているように見えるであろう笑い方だ。
「オーディ・・・・・」
澄は生まれて初めて彼が怖いと思った。何百年もずっと、共にあったオーディがはじめて会った人のようにさえ感じる。
「澄、アレにこの町を浄化させろ」
澄が驚いたように目を見張る。彼は今、何と言った?この町を浄化させる。この闇に覆われた町を。いくらなんでも無茶だ。
「無茶よ」
「いいや、できるさ。アレならな。・・・・最もそれだけ大きな力を使えば二度と人として生きる事は叶わぬだろうがな」
「それって・・・・」
言葉を失ったように立ち尽くす澄に追い討ちをかけるようにオーディが言い募った。
「・・・・お前も仲間が欲しかったんだろ?それに・・・あの力があればひずみに影響されて消える人はいなくなる」
言っている事はわかる。確かに澄が1人は嫌だと思ったのは一度や二度ではないし、ひずみに巻き込まれたが故に、何もかもを消される人々を見て、嫌な思いをした事も多々ある。もし、ひずみの影響を人に与えずにすむ方法があればいいのにと何度も願った。
だけど、あの“紗依李”が澄と同じ人生を送ることを考えると背筋が凍る。紗依李にそんな生活は無理だし、なによりも源と紗依李を引き離すような真似はしたくなかった。
「嫌よ、無理。紗依李を私と同じにしないで!?あなた達の、神の罪にこれ以上人を巻き込まないでよ!?」
オーディは何も言わない。ただ、澄を見ているだけだ。
暫くの沈黙の後、オーディが口を開く。
「このままの状態でひずみを消せば、この町は蛻の殻になるぞ。」
澄は絶望したように呆然と立ち尽くす。今回は犠牲者が余りに多すぎる。でも、それでも紗依李には自分と同じ道を歩んで欲しくは無い。紗依李には限られた命を、大切な人と共に生きる道を選んでもらいたい。
「方法があるはずだわ・・・。だから・・・お願い。もう少し・・・待って・・・」
澄の決死の願いをオーディは鼻で笑う。
「・・・・・ならば、探してみろ」
クルリと体の向きを変えたオーディはふと、何かに気がついたように澄のほうをふりむいた。
「それに、あの娘は、無関係ではない」
「え・・・・」
澄に反論の間も与えず、今度こそ完全に姿を消した。
「・・・どういうこと・・・」
澄の疑問は、誰に聞かれることもなく、風に乗って消えた。
鋭い衝撃を体に感じ、香織は目を開いた。黒い色に包まれた空気が心地よく感じる。その中にあれば今の衝撃はすぐに無かったものとできるかも知れない。
「あの・・・女・・・・」
香織の口から鋭い声が漏れる。香織がはく息も黒くにごっていた。
ゆっくりと歩を進めた香織は鏡の前に立つ。鏡は何故か全面が黒に覆われていて、そこから不思議な空気が流れている。香織はその黒い物に手をかざす。ぐったりと疲れた倦怠感が消えていく。
「ゆるさない・・・・」
自分と同じように力を持ち、人に嫌われて生きてきた紗依李が、今、自分とは違う人の中心にいる生活を送っている。許せない。あの女のすべて壊してやる。
心に浮かんだ想いを香織はグッとかみ締めた。香織の体から立ち上る黒い光が、さらに、濃く、恐ろしく変化していく。
「許さない」
香織は口元に笑みを浮かべ、壮絶な笑いを顔に浮かべた。この空気さえも今の香織には心地がよかった。




