最終話 時は準宝石の螺旋のように
蛇野神神社の工事が始まったのは先週末からだった。
ショベルカーがキャタピラで庭園に侵入し、ガガガッと腐った本殿を壊す。思えばだいぶ長いことこの神社と付き合ってきた。あの据えた臭いが今や懐かしい。別れの時が来たのだなとしみじみと思う。
「新しい本殿の完成は一週間後です。それまで別の場所で寝泊まりしてください」
職人がわしのところに来て言う。この者は神社本庁から派遣されてきた者で、神のことも知っている。
「うむ、くるしゅうない。後も引き続き頼む」
わしは前に蓮華にもらった巫女服を着て、崩される本殿を眺めていた。
さて、改修完了まで蓮華の家にでも泊めてもらうか。
そんな時、別の人間がやってくる気配を感じた。
「あれ……壊されてる」
石段を上りやって来たのは懐かしい顔だった。わしは目を丸くする。
「おや、操じゃないか。久しぶりだのう。神社は工事中だ」
「隣のクラスの、転校生のミズチさん? 私あなたと会ったことあったっけ?」
「う……いや、わしはここで働いておるものだ。何か用か?」
「神様にお礼を言いたくて。私の恋人……なでしこちゃんが帰ってくるんです!」
「おおっ!」
年末に言っていたことか。わしの来客第一号。これからの発展が楽しみだ。
「ここで祈った恋愛成就もだけど、それ以上の贈り物を貰えたようで……神社の神様には感謝してるんです」
わし背中を押す以外何もしてないがの。それは人間が持つ生命力のなせるわざだ。なでしこが操とまた会いたいと思ったから、生きることができたのだろう。
「工事が終わったらまた来ますね!」
操は手を振って帰っていった。わしも手を振り返し、遠ざかる背中を見ていた。
わしは腰に手をやり、空を見上げる。
わしが結んだ縁たちは、その後どうなっているかのう。彼女らの将来に思いを馳せた。
時は準宝石の螺旋を描いて紡がれてゆく。どの記憶も煌めいて、連なりが共鳴して輝きを増す。
わしもこの先も、何組ものカップルを作ってゆくことだろう。
わしは人が好きだ。その気持ちに嘘偽りはない。
愚かさも弱さも全部飲み込んで、そのうえで好きだと言える。
女の子同士の恋を応援しているが、わしは人という種に恋をしているのかもしれない。
・
今朝も変わらず、生徒たちは学校に来る。
やや人が多い靴箱の前。
女子高生が不安げに段を見ている。
その手に持っているのは、ハートのシールが貼られた封筒。おそらく好きな相手の靴箱にそれを入れようか迷っているようだ。
「やっぱり私なんて……っ!」
女子高生は思いつめた表情でラブレターを握り潰そうとする。
「まぁ待て。その気持ち、捨てるまでもない」
颯爽と現れ、女子高生の手首をつかむわし。「えっ」と女子高生はわしを見る。
「わしは蛇野神神社の巫女をしておる! 女同士の恋の悩みがあったら、賽銭持ってわしのところに来るがよい! あそこの神様はすごいぞ。どんな複雑な恋もたちどころに恋愛成就する!」
ぽかーんとする女子高生に地図を渡して、じゃあな、とわしは去る。
次の客は決まったも同然。わしは新たな仕事にワクワクしていた。
なんだかんだ賽銭も貯まってきた。少しくらい遊ぶ金に使ってもばちは当たるまい。ばちを与える側が何を言うかというところだが。
わしは因幡に休暇を申請してみようと思う。綺麗になった本殿から出られる時間も増えてきた。わしはこのところ毎日楽しい。学校で、街中で色んな笑顔が見られる。人の恋を応援するのも悪くない。
きっと明日もいい日になる。いい日にしてみせよう。
~完~




