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22話 告白


 「エピキュクルス・オンライン」の「始まりの丘」は、

まるで、春の陽光を受けた草木が芽吹くように、明るい喧騒に満ちていた。


 サーバー危機が去り、「奇跡の一夜」と呼ばれるルナの降臨と

全プレイヤーの団結が伝説となって以来、この世界は新たなフェーズを迎えていた。


 アントクイーンとの戦いがトレンド入りしネットで話題となり、誰もが詳細を知りたがっていた時。

ユニセックスモデルとして絶大な影響力を持ち、「バズの達人」と言われる萩原蓮が、

この一夜のことを「最高の経験だった」と、戦いに参加した当事者としてテレビで語ったのだ。


 さらに、美形の蓮が現実とは似ても似つかぬドワーフキャラで

初心者としてゲーム内で遊んでいたエピソードも、

ファンには興味深いエピソードとして話題となった。


「蓮があんなに夢中になるゲームなら」


「そんなドラマチックなことが起こるなら」

 と、新規プレイヤーが殺到し、

その中には「あの蓮とひょっとしたらゲーム内で遊べるかも」というプレイヤーも混じっていた。


 閑散としていた初心者エリアは、元と変わらないか、それ以上の活気に包まれていた。

新たなプレイヤーたちが冒険の世界に飛び出し、それをベテランたちが優しく手を差し伸べる。

その光景は、ルナが最後に願った通りの、温かい世界だった。


 ギルド「今夜も寝落ち団」も復活し、以前のように雑談で盛り上がっている。


「不気味だいふく:ルナ様降臨、まさに奇跡だったよねー! あれは伝説を作ったわ!」

「レオナ:運営よりルナ様が有能説」

「ヒゲモジャール:おいおい、僕の頑張りも褒めてくれよ?」


 喧騒から少し離れた、緑豊かな夜の高台。

そらぽんとアストラは、二人だけの秘密の場所で向かい合っていた。


「すごいね、まるで別のゲームみたいだ」


 そらぽんは、人々の喧騒で満ちる街の方を見つめながら呟いた。

ピンクのローブと愛らしい仕草は健在だが、その声には、以前にはなかった決意の響きが混じっている。


 アストラは、そらぽんをじっと見つめ、静かに答えた。「うん。君のおかげだよ。ありがとう、空」


 美月が初めて、ゲーム外の名前で彼を呼ぶ。


 そらぽんは、きゅっと唇を引き結び、意を決して顔を上げた。


 声が震えて、出てこない。それでも。空は、なんとか声を絞り出して、美月に告げた。


「アストラ、美月。……私、そらぽんの中身は、男なんだ。朝野空、21歳。大学で、ごく普通の、男らしくない男」


 ずっと避けてきた、でも逃げ続けることはできない告白だった。

美月が男に付きまとわれ、ストーカー被害を避けるために素性を隠した苦悩を知っているからこそ、

自分が男だと隠していることへの罪悪感は、空にとってはよりいっそう強かったから。


 アストラは、無表情に一瞬の沈黙をくれた後、ふわりと優しく笑った。


「知ってたよ、空」


「え……?」


「初めて二人で会った時、気づいた。最初のオフ会で、みんなから美人だって褒められても全然嬉しそうじゃなくて」


「最初は私と同じで、そういうの嫌なのかなって思ったの。でも」


 アストラは、すべてを知っていたというような顔でそらぽんを見つめる。


「二人で会ったときに、君、仕草や声は完璧なのに、私に手を握られたら、ものすごく戸惑ってたから」


「ひょっとして同性じゃないのかなって。そう思ったら、空の秘密がなんとなくわかっちゃったんだ」


 アストラは──美月は──微笑んだ。


「だって、いつも一緒にいたから」


 アストラはそらぽんの華奢な手に、自分のアバターの手を重ねた。

剣士の硬い手と、ヒーラーの柔らかな手が触れ合う。


「私もルナっていう秘密を抱えてたしね。だから……。でも、性別なんて関係なく、そらぽんが、空が好きだよ」


 美月の瞳は、夜空の中の星のように輝いていた。


「夜道で私を助けてくれたパーカーの人、空だったんでしょ? 格好良かったよ」


「いや……、俺、意気地なしで、あの時も本当は逃げたかったくらいなんだ。だから、君にもずっと男だって言えなくて……」


 アストラのアバターが、何かを考えるように少し首を傾げる。


「──本当の勇気を持つ方法って、二通りあるんだって」


 アストラ──美月は語る。


「一つは、無謀な人が慎重さを身につけること。もう一つは、臆病な人が行動力を身につけること」


「自分だって怖いのに、私を助けようとしてくれた空は、後者の、本当の勇気を持った人だよ」


「それにね? 私、美人なお姉さんとしてのそらぽんも大好きだよ? 男の人なのにあんなに綺麗なのって、それも立派な才能だと思う」


「ゲームの中でも、外でも。――性別とか、そんなことより、私はあなたに助けられてきた。そんなあなたのこと、私は大好き」


 空は、美月の言葉に全身の力が抜けるのを感じた。


 冴えない自分へのコンプレックスも、意気地ない自分の弱さも、美月はすべてを包み込んでくれた。


 空は、アバター越しに微笑んだ。


「ありがとう。……これからも、『そらぽん』だけじゃなく、本当の『空』として、一緒にいてくれる?」


 アストラは一歩近づいた。

そして──。エモートで、「そらぽん」を、空を、抱きしめた。


「うん。私も、『アストラ』じゃなく、『ルナ』でもなく、『美月』として――あなたと一緒にいたい」


 抱き合う二人のアバターの服を、優しい夜風が揺らす。


「ねえ、空。これから、リアルでも会いたいな。ゲームの中だけじゃなくて」


「うん、会いたい。美月と、もっと色んな話がしたい」


「デート、してね?」


 空は、頷いた。顔が紅潮しているのが、自分でもわかる。


「うん……喜んで」


 星々が瞬く夜空の下。


 二人は、新しい一歩を踏み出した。


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