21話 死闘の果てに
【─バフの効果時間は1時間です!それまでに、協力してボスを倒しましょう!─】
「ルナ」のワールドチャットが響く。
怒涛の勢いで「始まりの丘」からアントクイーンの巣の最深部へと、団結した大集団が押し寄せる。
美月──ルナ──を先頭に、空も蓮も、そのうねりの一部となった。
雑魚はあっというまに倒されていく。
「これなら楽勝だな!」
「いや、ボスはこんなもんじゃない! 油断するな!」
天狼星のギルドの旗をつけた、上級者らしきキャラが檄を飛ばす。
巨大でおぞましい昆虫型のモンスターが、巣の中央に鎮座していた。
「こいつがボスか……」
アントクイーン。今回の事件の元凶。
全体チャットによるルナの指揮が飛ぶ。
【─アントクイーンは頭を切り落とさない限り再生します! アタッカー職は頭を集中攻撃し、タンク職は手足からの攻撃からみんなを守って!─】
【─ヒーラー職はタンクにヒールを! 毒を食らった人がいたら、キュアの呪文を使える人はすぐに毒を治してあげてください!─】
「うわっ!」
アントクイーンの一撃で、初心者らしきキャラのHPがガリっと削れる。あれほど強力なバフがあっても、ボスの一撃では即死しかねないダメージだ。
「危なくなったらすぐに下がれ!」
指示を出しているのは天狼星のギルドメンバーのようだ。
一度は大陸のすべてのボスモンスターを倒したギルドの残党である。その彼らが、初心者を守って奮闘している。
「なかなかアントクイーンの体力が減りません!」
「まずいな、このペースだと削り切る前にバフが切れる…」
そこに、エリアチャットで声が響き渡った。
「ヒゲモジャール:おーい! この段差ギリギリから攻撃すると、左半分からの攻撃が届かないみたいだぞ!」
右側の崖に殺到するプレイヤー。ヒゲモジャール、つまり蓮の言う通り確かに左半身の攻撃を無効化できているようだ。
「これはいいな! おい、左からの攻撃を受けてた部隊は頭の攻撃に回れ!」
戦力を集中させたことで、あきらかにアントクイーンのHPの減りが早くなる。
しかし、バフアイコンが危機感を煽るように点滅し始める。これは、バフがあと10分で切れるということだ。
【─みんな、もう少し……。頑張って……─】
「時間がない! もう全員で頭に総攻撃だ!」
誰かが叫ぶ。
誰も彼も、アントクイーンの頭に突撃する。
死人が出るのも厭わない。
「おい、初心者!そんなに無理するな!」
「構うものか!レベルの低い俺達は再びレベルを上げるのも簡単だからよ!」
「単純な戦力ではあんたらに敵わないけど、俺達でも役に立つってところ見せてやんよ」
特に低レベル帯である彼らの突撃は果敢なものだった。
「もう少し! もう少しだ!」
しかし──苦しみ暴れるアントクイーンの攻撃が、ますます無差別で、暴力的なものになっていく。
「まずい!」
天狼星の誰かが叫ぶ。
「長引きすぎた! 終焉の玉座が来るぞ!」
「アルティメット・スローン!?」
「食らったら全滅必至のスキルだ! 本当は、発動させる前に倒すのがセオリーなんだが……。クソッ!」
アントクイーンが、何本もの腕を上げ、頭上に禍々しく淀んだ紫色のエネルギー弾を発生させる。
エネルギー弾はみるみる間に大きくなり──
【─そらぽん!私とタイミングを合わせて!─】
突如、空の元に「ルナ」からの個別メッセージが届く。
合わせる? 何を?
その時、空のインターフェースに見慣れないアイコンが光る。
──星影の聖域──
こんなスキルは、見たことがない。
「ルナ」の、特殊スキル? でも、なぜ自分が──。
アントクイーンの禍々しいエネルギーが、巨大な真球となって、討伐隊全員に放たれる。
「うわああああ!」
「くそっ!ここまでか!」
もう迷っている暇はない。
「そらぽん」は、「ルナ」の動きを注視し──。
(いまだ!)
ルナと、寸分違わぬタイミングで「星影の聖域」を発動させた。
それは、いつも二人で冒険してきたからこその、阿吽の呼吸だった。
「おお……!」
「そらぽん」を思わせるピンクのオーラと、「ルナ」を思わせるブルーのオーラが混ざり合い、
オーロラのようなバリアがアントクイーンの「アルティメット・スローン」をかき消す。
すべてのMPを使い果たし、倒れ込むそらぽんとルナ。行動不能のデバフが付き、もう次のスキルは撃てない。
「助かったぜ!」
「ル、ルナ様! ありがとう!」
「あとは俺達が倒すだけだ!」
──しかし無常にも、バフが切れるカウントダウンが始まる。
「10…9…8…」
焦る討伐隊。
「7…6…」
「まだ倒れないのかっ……!」
「5…4…」
「もう少しっ……!」
「3…2…」
「何も考えず全力を出せっ……!」
バフがついに切れようとしたその時──。
──激戦の終わりはあっけなく訪れた。
「グオオオオオオオオォ!!……」
プレイヤーたちの集中攻撃を受けた「アントクイーン」は、断末魔の叫びと共に力尽きた。
ドオオオオオオンンン……
轟音と共に巨体が倒れ、その瞬間、エリアを覆っていた禍々しいオーラは霧散し、
サーバー負荷のメッセージも嘘のように消え去った。
最難関コンテンツであるエリアボスに、多数の初中級者を抱えて挑んだ討伐だったが、
伝説の強力なバフ、そして最高位クラスのヒーラーである「ルナ」と「そらぽん」の合体防御魔法により、
大量の消耗品は使ったものの、懸念されていた被害はほとんど出ることがなかった。
その代わり、封印されていた間の長い時間経過により強化されていたルナのバフは、
もうこれほどの効力を発揮することは二度とないだろう。
「お前ら、初心者っていうけどやるじゃねえか! 見事な突撃だったぞ」
「あんたらの指揮凄かったな! さすが上級者プレイヤーって言われるだけあったぜ」
初級者たちは上級者たちが惜しみなく使った消耗品による支援と、その確かなプレイヤースキルに感服し、
また上級者たちも、何もできないと高を括っていた初級者たちの果敢な突撃による貢献を認め、
お互いの間で生じていたわだかまりが、この戦いで溶けていくようだった。
すべてが終わった。
静寂が戻った世界に、ふたたびルナの声が響き渡った。
【ワールドチャット:伝説のギルドマスター・ルナ】
【みんな、ありがとう。】
【私は、キャラを変えて、まだこの世界にいます。】
【今日、私たちは一つになれた。その力を、どうか忘れないで。】
【上級者の皆さん。目の前の困っているキャラは、ひょっとしたら、あなたのゲームライフを彩る、大事な人かもしれません。】
【優しく、手を差し伸べてあげてください。】
【この世界を、憎しみではなく、優しさで満たしてください。】
それが、伝説のギルドマスター「ルナ」が世界に残した、最後の言葉となった。
美月は、かつて混乱をもたらした自分の過去を、優しさへ満ちる未来へと変えてみせたのだ。




