20話 伝説の再臨
今の環境ではほとんどゲームにならないと諦め、
空はそらぽんのアバターをセーフティエリアに放置していた。
気を紛らわせるために、見たいものがあるわけでもないのにSNSを眺める。
「──え?」
普段は静かなSNSのトレンドに異変が起きていた。
「エピキュクルス・オンライン」「ルナ様」「女神復活」といった関連ワードが、物凄い勢いで急上昇している。
「何が起こってるんだ?」
空は慌ててゲームにログインした。インした瞬間、空の画面いっぱいに、黄金の文字が流れ込んできた。
【ワールドチャット:伝説のギルドマスター・ルナ】
【エピキュクルスの全てのプレイヤーへ。】
【どうか、力を貸してください。】
【今、始まりの丘の「光の祭壇」に集いましょう。私たち、全プレイヤーの力で、この世界を救いましょう。】
【すべての仲間に、加護を授けます。】
ワールドチャット。それは、運営か、あるいは伝説のギルドマスター「ルナ」にしか使用できない、
全サーバーのプレイヤーにメッセージを届ける唯一の手段だ。
そのメッセージが、「ルナ」の名で届いたのだ。
それはつまり、「ルナ」が復活したということを意味する。
空は、美月の決意を瞬時に悟った。かつてストーカー被害に遭い、
二度と表に出ないと誓っていた彼女が、このゲームを救うために、その呪われたアカウントを起動させたのだ。
空はそらぽんを操作し、急いで「光の祭壇」へと向かった。
たどり着いた始まりの丘は、信じられない光景で埋め尽くされていた。
初心者から上級者まで、普段は交わらないはずの膨大な数のプレイヤーが、光の祭壇の周りに殺到している。
人、エルフ、ドワーフ、獣人……あらゆる種族のアバターが、肩を寄せ合うように集まっている。
「お、そらぽん!」
人混みの中、背の低いヒゲモジャールの姿を見つけた。蓮だ。
「蓮!来てくれたんだね!」
「当たり前だろう、こんな祭り、見逃せるわけないだろう?」
「それに、ルナ……美月ちゃんの勇気に、何もできないなんて自分が許せないからね」
光の祭壇に、眩い輝きを放つキャラがいる。
人混みで姿を見ることはできないが、それは、ルナ以外にありえなかった。
「ルナ様だ……!本当に、ルナ様が帰ってきた!」
「俺たちの青春の、あの女神だ……!」
「もう一度、ルナ様に会えるなんて……!」
かつての「シルバームーン」の元メンバーだった上級者たちは、むせび泣きながらルナの帰還を歓迎する。
「ルナ様!」
元「シルバームーン」のメンバーの中から、一際大きな叫び声があった。
「彼女には嫌な思いをさせてしまった」と後悔していた、今は天狼星の、あのメンバーだった。
「俺、ずっとルナ様に謝りたかった! ギルドの崩壊も、何一つ止めることができなくて!」
「ルナ」は、彼に向かって優しく言う。
「嫌な思い出だけじゃない、かけがえのない思い出も、シルバームーンにはありました」
「今度は、みんなの思い出を守るために、全員で立ち向かいましょう」
「ルナ様……。やり直しのチャンスをくれて、ありがとう……」
彼の声は震えていた。
──ルナが手をかざすと、祭壇の中心で、まばゆい光が爆発した。
「そらぽん」と「アストラ」の結婚スキルがそうであったように、
このゲームでは、特殊スキルはインしていない時間も使用回数が貯まっていく。
ルナが、数年間「ゲーム文化遺産」として休眠していた間に溜まりに溜まった、
伝説のギルドマスター専用の強力な「加護」を、集まったすべてのプレイヤーに一斉に配り始めたのだ。
レベル、スキル、防御力、攻撃力……。
普段なら考えられないほどの数値が一瞬で跳ね上がり、非力な初心者やエンジョイ勢ですら、アントクイーンと立ち向かえる力を手に入れた。
今、ルナの加護を得て、全プレイヤーの意識は一つになった。
誰からともなく、叫び声が上がる。
「アントクイーンを、倒すぞ!」
「おおおおおおお!」
全員の鬨の声が、光の祭壇にこだました。




