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仕方ないな。こんな事を言うのは好きじゃないがな、教えてやる。私は全部見てたからな。
そう言ってあいつは、顔を横に向けた。そこには青白い顔の若者が立っていた。気弱そうな男の子だ。二十歳前後ってとこだ。まだまだ真新しいスーツを着ていた。
おい! 私は見ていたんだ! お前がやったんだろ? 正直に言いなさい。今謝れば警察には連れ出さない。正直に言わないなら、その時はどうなっても知らないぞ。警察に連れて行かれれば会社もクビ、両親も哀しむぞ!
若者は何も言えずに黙っていた。予想外の出来事に声もないようだった。
証拠ならあるんだ。
そう言ってあいつはその若者のカバンに手を突っ込んだ。
これをどうするつもりだったんだ?
あいつの手にはおかしな物が握られていた。ビデオでしか見た事のない、大人のおもちゃってやつだ。
若者の顔が蒼くなる。何か口を動かしていたが、言葉になっていない。僕のじゃない・・・・ そんな事を言いたいように俺には感じられた。
周りの視線が若者に集まっていた。その女も若者を睨んでいた。完全にその若者が犯人扱いだ。きっとその中で、俺だけが真実を知っていた。そのおもちゃ、初めからあいつの手に握られていた。女と話している最中に、上着のポケットから取り出していたのを見たからな。あいつは普段からそんな物を持ち歩いているようだ。本物の変態なんだよ。
けれど俺は何も言わない。成り行きのままに任せる事にした。その方が楽しいだろ?
結局その若者が犯人として警察に連れて行かれた。その女はしつこく問い質していたな。若者は何も言えず怯えていた。その態度が不味かったんだ。女を怒らせてしまった。
そうやって黙っているんなら警察に連れて行くわよ!
駅で電車が停まるとその若者の手を引っ張って消えて行った。可哀想に。若者の人生が一つ、終わった瞬間だった。
あいつも俺も、その駅で降りた。消えて行く二人の背中を眺め、あいつは笑っていた。薄汚い笑顔だ。俺があいつに感じたのは、恐怖と怒りだ。その時、あいつは俺に気付いた。声には出さなかったが、どうも、なんて仕草で頭を下げながら袋を持ち上げていた。それが合図だ。
俺はシカトを決め込んだ。するとあいつは振り返って歩き出す。ホームの端っこを、ゆっくりと、鼻歌を歌いながら。その時聞こえたアナウンスで、そこを急行電車が通過すると知った。
これはチャンスだと思ったね。俺はあいつの背後に近寄り、背中を押した。
うぅわっ!
あいつは間抜けな声を残して消えて行った。その直後に電車がやって来た。大きな警笛が聞こえたよ。ドンッ! なんていう鈍い音も聞こえたな。
俺はそのまま駅を出て、タクシーで家に帰った。途中でコンビニに寄って酒とつまみを買った。スーパーより高いけど、金の問題じゃない。通り道にはコンビにしかなかったんだ。
電車の人身事故なんて珍しくもない。次の日には何事もなく運行していた。慣れているんだよな。ゴキブリを踏み潰すのと同じ。後片付けをすればそれでお終い。気持ち悪いけれど、慣れればそうでもない。
お前だって一度くらいした事あるだろ? なんだ? 家に出ないのか? 出るだろ? そうだよ。ゴキブリの話だ。あいつはゴキブリと同じなんだ。
その日の酒は美味かったな。そうだよ。今度差し入れに酒を持ってきてくれ。ここじゃビールすら飲めねぇんだからな。そのくらいの楽しみよこせってんだ。ウィスキーでもいいぞ。俺の好みはアイラだ。煙たいのが好きなんだ。
いいんだよ。無理なのは分かって言ってるんだ。今日はもうここまでだ。またにしてくれ。疲れちまったよ。まぁ、本当にまた来るつもりがあるんならな。
分かってるよ。その時はまた、平凡な俺の過去を話してやるよ。普通の毎日だけどな、多少は話になる出来事も残っている。
あぁ、今度こそ女らしい格好で来てくれよな。何度も言うが、ここは葬式場じゃないんだ。
彼の言う事件は、あまりにもありふれていた。似たような事件はいくらでもあり、彼の言葉が嘘か真実か、まるで見当がつかない。そんな中、彼が言うパチンコ屋で話を聞くと、裏口近くで若者同士の喧嘩を目撃したという者が現れた。時代的には彼の話と一致するが、そこに中年男性はいなかったと言う。二人の若者が、三人の不良グループに絡まれていたという。警察を呼んだりはしなかった。絡まれている側の一人が、三人相手に戦っていたそうだ。彼が話した事件の中年男性のように、一人だけを狙い、やっつけたという。見ていて楽しかったと、パチンコ屋の店員は言っていた。一緒にいたもう一人の若者の事を尋ねると、特に印象はないが、そこにいたのは確かだという。何故そう言い切れるのかを聞くと、三人組の一人がその若者に手を出そうとしたところ、戦っていた若者がこう言ったのを覚えているからだという。そいつに怪我をさせたら、一生お前に付き纏ってやるからな、と。
痴漢冤罪事件と、電車の人身事故についてはお手上げだった。彼と結び付けられそうな事件は、あるともないとも言えるからだ。そこにいた証拠はないが、いなかったという証拠もない。もっとも、パチンコ屋の店員がその日にちを覚えていなかった為、事件と事故が同日に起きたかどうかを調べるには調べたが、案外と多く、手のつけようがなかった。
彼の言葉が、全て本当なのかどうか、疑い始めている。何故なら彼は、一つの重大な嘘をついていたからだ。彼には、姉はいない。兄が結婚をしているので、義理の姉なら存在するが、彼は二番目長男なんかじゃない。末っ子の次男だ。




