第二十六話 風呂 Ⅲ
「はーい」
ハジメと場所を交代して、俺は湯船にゆっくりと肩まで浸かる。 あぁ、本当にこの時のために今日という一日を生きてきた、と言っても過言ではないくらい天国だ。 今日は本当に色んなことがあったからな……。 体にのしかかる全ての疲れをとっていく。 風呂は命の洗濯という言葉、言い当てていると思う。
ふと、ハジメが言う。
「ん? ていうかユウ、参加してくれるってこと? この作戦に」
「……まあ、そうだな。俺の夢の、目標のひとつだからな、それは」
「ふふ……。 良かったー」
そういうハジメは……どこかいつもとは違っていた。 というより、なんだろう、すごく遠くを見ながら何かにひたっているような感じだった。 あの時の父さんみたいな……。
「……おい、ハジメ? 」
何故かは分からないが、不安になってハジメを呼ぶ。
「……ん? アレ、手が止まっていたよー。 明日のことを考えると仕方がないよねー」
そう言って俺に向かって笑顔を見せた。 その言い方、表情は取り立てて何かを隠そうと努めるような感じはしなかった。 とても気になった。 だが、俺は言及をしなかった。
シャカシャカシャカ…… と、ハジメが頭を洗う音が響く。
少ししてから。
「……ユウ」
真面目な声色で問われる。
「何だ? 」
「いや、大したことじゃあないんだけどさ……ユウ、変わったなーと思って。 今日の朝とは大違い、というか」
……変わった、か。 確かにその通りだと思う。 それは俺の中でソナやアスナ、メメや母さんに対する渦巻いていた気持ち、感情が、先刻の父さんとの一件で区切りがついたことを言うのだと思う。
俺は素直な気持ちで答えた。
「……そうだ、な。 ……俺自身も……そう思う」
……つもりだったが、言葉に出す時どもってしまうあたり、完全に割り切れてはいないなと感じる。 ソナやアスナ、メメや母さんに対して。
「ユウはまだ、自分がこれでいいのかとか悩んでるかもしれないけれど、僕としては今のユウ、とても嬉しいんだ。 ……なんだか、前の……。 いや、なんでもない」
見透かされているかのようなその言葉に少し驚いた。 そして最後の〝前の〟という言葉の意味は……何となく分かる気がした。 相手を知ってから考える、そうしてくれたことにうれしいと感じているのだろう。 ただ、定型句だと思ったため、
「前の、何だ? 」
と返した。
「いやいや、こっちの話」
「ふーん……」
お互いに意味の無い、定型的な会話を終える。
「よし、終わったー! 」
体まで洗い終えたハジメは、
「じゃあ、一緒に湯船、浸かっていい?? 」
と、キラキラした目で尋ねてきた。
「いや、嫌だよ? なんだその本当に意味の無いシーンは? 」
という俺の抗議の言葉も聞かず、
「おりゃァーーっっ! 」
と、飛び込んで行った。 もちろん俺はハジメが入るのと同時に出させてもらった訳だが。
「イテッ! 」
ゴンっ という鈍い音が響く。
多分、俺が出ることによって湯のかさが低くなったからぶつけたんだろう。 頭を。
そんなハジメを後に、俺は風呂場から退出する。




