足掻きと日常
翌朝。窓の隙間から差し込む柔らかな光で目を覚ました。
ベッドから抜け出し、軽く身体を伸ばすと、背骨が小さく鳴る。少しずつ夏の気配が色濃くなってきた森の空気は、朝のうちならまだ心地よい涼しさを保っていた。
いつものように娘たちを連れて湖へ向かう。クルルとルーシーに水瓶を持たせ、ハヤテ、マリベルとも連れだって、澄んだ冷たい水をたっぷりと汲んで家に戻った。
かまどに魔法で火を熾し、毎朝の習慣となっている無発酵パンの生地を捏ねていく。平たく伸ばして鉄板で焼き上げると、小麦の香ばしい匂いが漂い始めた。
その傍らで、昨晩の残りのスープに少し水を足して温め直す。猪の濃厚な旨味が溶け出したスープだが、朝の胃には少し重いかもしれない。そう思い、畑で採れた青みのある香草を細かく刻んで散らし、爽やかな風味を足しておいた。
『いただきます』
家族揃って食卓を囲み、焼きたてのパンとスープの朝食だ。香草の香りが猪の脂とよく馴染み、昨晩とはまた違った味わいになっていた。
賑やかな朝食を終えると、皆それぞれの作業へと向かっていく。俺とリケも鍛冶場へと足を踏み入れた。
「親方、今日はどうしますか? 納品物作りから始めますか?」
「そうだな。でも、その前に少しだけ試しておきたいことがあるんだ」
カミロに特殊な鉱石の探索を依頼したとはいえ、ただ手をこまねいて待っているのはどうにも性に合わない。今のうちの環境と素材で、あの遺物の稼働時間を少しでも延ばす方法がないか、足掻いてみたかったのだ。
「リケ、俺が魔宝石を作るから、見ててくれ。そのうちリケにもできるようになって欲しいし」
「はい!」
俺は鋼の板を組み合わせて作った魔力炉を金床の上に置き、鎚を構えた。
カン、カンと魔力炉を叩いていく。チートの手助けを借りつつ、限界まで魔力を圧縮するように叩き込んでいく。
リケはそれを一瞬でも、見逃すまいと目を皿のようにして見ていた。具体的にどこをどうすればいい、と教えられないのが非常に歯がゆいところだが、これができれば、保存してある魔宝石がなくなったときに俺がいなくても、なんとかできるようになるので、是非とも身に着けて欲しい。
やがて炉の中に小豆粒ほどの仄青い魔宝石が出来上がった。
俺はそれを慎重につまみ出し、作業台の上の遺物の前に運ぶ。
「リディ、ちょっといいか?」
俺は板金の作業をしていたリディを呼ぶ。彼女はすぐに駆け寄ってきてくれた。
俺は、魔宝石をそのまま遺物の窪みに嵌めるのではなく、薄く叩き伸ばした鋼の板を間に挟み込んでみた。
「魔力が一気に流れ込んで壊れるなら、こうして間になにか挟めば、少しずつ魔力が流れて壊れるのを防げるんじゃないかと思ってな。リディ、昨日と同じように魔力を流してみてくれ」
「わかりました。やってみます」
リディがそっと基板に指を触れ、目を閉じる。光の粒子が金色の線に沿って流れ、魔宝石へと到達した。
しかし――カチャリとも鳴らない。
「どうだ?」
「だめですね……魔力が鋼の板に阻まれて、届いていないようです」
「ふむ」
間に挟む板が厚すぎたか。
俺は板を外し、今度は極限まで薄くしたものを挟んでみた。
再びリディに魔力を流してもらうと、今度はジィィ……とモーターらしき円筒形の部品が回転を始める。
「動きました!」
リケが声を上げた直後、ピキッという乾いた音がして、魔宝石は昨日と同じように呆気なく崩れ去ってしまった。稼働時間はせいぜい数秒といったところだ。
俺は小さく息を吐き出した。
「やっぱり、俺の作った魔宝石の耐久力じゃ、間に何を挟もうがこの機構には耐えきれないみたいだな」
物理的なアプローチでは、どうやら限界があるようだ。
そもそも、元の粉末は俺の作った魔宝石とは別物である可能性が高い。構造そのものが違うものを、無理やり小手先の工夫で動かそうとするのには無理があったのだろう。
「親方、残念でしたね」
「いや、今の環境じゃこれ以上はどうしようもないってことがはっきり分かっただけでも収穫だよ。大人しくカミロからの連絡を待つしかなさそうだな」
リディはふわりと微笑んだ。
「そうですね。焦らず、私たちが今できることを進めましょう」
「ああ、そうだな」
俺は遺物を再び分厚い布で覆い、納品箱の奥へとしまい込んだ。
謎の機械の正体も、それを動かすための手段も、今はまだ手の届かない場所にある。
だが、カミロが動いてくれている。ヤツならいずれ何らかの糸口は掴んでくれるだろう。
「よし、それじゃあ頭を切り替えて、いつもの作業に戻るか」
「はいっ!」
火床に火を入れ、ふいごで風を送る。ゴォォという炎の音と共に、鍛冶場に熱気が満ちていく。
赤熱した鋼を金床に置き、鎚を振り下ろす。カン、カンという澄んだ音が、森の静寂に吸い込まれていった。




