基板2
翌朝。家族で食卓を囲みながら、俺の頭の中は遺物のことでいっぱいだった。
最後にリディが魔力を一気に流し込んだ時、モーターらしき部品はわずかながらも確かに動いた。
しかし、それ以上は基板が弾けそうな抵抗があったという。
前の世界で言うなら、電圧が違うとか、交流と直流が違うとか、そういうことなのかもしれない。
だとしたら、必要なのはリディの純粋な魔力そのものではなく、それを遺物が稼働する「規格」や「波長」に変換するための何か、例えば、専用の魔石や変換器のようなものが必要だったのではなかろうか。
「なので、今日は、昨日までの分解で外した部品を、もう一度細かく見直してみようと思う」
パンをスープに浸しつつ、前の世界のことは伏せて俺が説明すると、リディがコクリと頷いた。
「魔力を変換する仕組みが、どこかに隠されているかもしれないということですね」
「何かがはまっていたような窪みとか、魔力が流れたような痕跡がないか、じっくり探してみようかなと」
「わかりました。私でお役に立てるなら、お手伝いします」
「今日は私も手伝いますよ、親方!」
リケも目を輝かせて身を乗り出してくる。魔力を通すテストをするにしても、いきなり爆発することはなさそうだと分かったので、今日は手伝って貰っても問題あるまい。
心強い限りなので、俺は頷いてリケの参加を喜んだ。
朝食を終え、俺とリケ、そしてリディの3人は鍛冶場へと向かった。
作業台の上には、昨日までに外した歯車や板バネ、カム、そして頑丈な金属の外装といった部品が、布の上に整然と並べられている。
俺はヤットコを手に取り、一つ一つの部品を丁寧に裏返し、角度を変えながら観察していく。
リケはその目を凝らし、傷や摩耗の具合、そして何かを固定していたような痕跡を丹念に追っている。
「親方、この歯車のところですが……他の部分と比べて、少しだけ摩耗の仕方が違います。もしかすると、ここに何か別の素材が挟まっていたのかもしれません」
リケが指差した先を指の腹でそっと撫でてみる。確かに、金属同士が擦れ合ったのとは違う、微かな滑らかさがある。
「なるほど。油の類かもしれないが、もしかしたら何かが接触していた痕かもしれないな」
一方、リディは外装の表面にそっと指先を這わせ、目を閉じて感覚を澄ませていた。
「エイゾウさん、この外装の裏側……微かですが、特定の形に沿って魔力が定着したような名残があります」
「魔力の名残?」
「はい。エイゾウさんが打ったもののように、金属自体に魔力が染み込んでいるというよりは、常に魔力が流れる経路がそこにあったために、周囲の金属が影響を受けたような……」
俺はリディが指し示した外装の裏側を覗き込む。
一見するとただの平らな金属の裏面だが、チートの手助けを借りてしっかり目を凝らすと、本当に微かではあるが、魔力の残留物のようなものが見えた。
「……本当だ」
基板の回路みたいなものが、この外装の裏側に密着していたのだろうか? いや、それにしては軌跡が不自然だ。回路というよりは、何かを嵌め込むための幾何学的な紋様のように見える。
俺は他の部品も次々と手に取り、同じような紋様や痕跡がないかを探していく。
冷たい金属の感触、微かな油の匂い、そして視覚の端に捉える魔力の煌めき。それらを手がかりに、未知の技術という巨大なパズルのピースを当てはめていく。
派手な進展はない。だが、こうして古い金属の質感や微かな痕跡を確かめながら、職人として静かに思考を巡らせる時間は、決して嫌いではなかった。
昼食を挟み、午後も同じように部品の精査を続けた。
ああでもない、こうでもないと推測を重ねているうちに、鍛冶場には今日も橙色の光が差し込んでくる。
「……ん?」
俺は、板バネの根元を固定していた小さな金属のブロックを手に取った。
そのブロックの側面に、泥かサビのようなもので埋まっていた小さな窪みがあることに気づいたのだ。布で丁寧に汚れを拭き取ると、そこには直径数ミリほどの、意図的に彫られた丸い凹みがあった。
「リディ、ちょっとここを見てくれないか」
俺がブロックを差し出すと、リディは目を細めてその窪みを覗き込んだ。
「この窪みの中に、微量ですが魔宝石の粉末のようなものが残留していますね」
「魔宝石……」
ただ物理的に支えるだけのはずの部品に、なぜ魔宝石が必要なのか。
そもそも、固まってしまった魔宝石は魔力を取り出せるわけではない。
崩壊するときに放出される魔力なら扱うことができる(ので、妖精族の病の治療に使える)のだが、粉末ということは崩壊した残り、ということでもなさそうだ。
もしかすると、魔力を物理的な力に変換する過程で、ここにあった魔宝石が何らかの役目を、それも俺が知らないような形で果たしていたのかもしれない。
点と点が繋がりそうな、微かな予感があった。
「今日のところは、大きな収穫があったな」
俺がそう言うと、リディとリケも頷いた。
決定的な証拠にはまだ遠いが、遺物を動かすための重要な糸口を掴んだ気がする。
俺たちは部品を再び丁寧に布で包み、明日への期待を胸に、夕食の準備のために鍛冶場を後にした。




