底なし
書籍最新14巻が7月10日に発売予定です。
紙の本は予約開始しているサイト様もあります。
特典や、電子版予約についてはしばらくお待ちください。
https://kadokawabooks.jp/product/kajiyadehajimeruisekai/322603000350.html
バルガスさんの案内で、採掘場から馬車で少し山を下った先にある集積地に到着した。切り立った岩肌の間に設けられたその広大な場所には、各所から掘り出された鉱石が種類ごとに山積みにされている。
あちこちで巨大な精錬炉(そうであるかどうかはチートとインストールが教えてくれた)が黒煙を上げて稼働しており、肌を焼くような熱気が漂っていた。
どこか懐かしさもあるな、と思ったが、これは我が家の鍛冶場の雰囲気に近い気がするな。
突然訪れてしまったが、「未知の鉱石」のことが最優先事項であることは通達があったらしく、それにルシアさんとバルガスさんの口添えもあり、話はすんなりと通った。
俺たちは集積地の中でも最も火力が高いという炉を、優先的に使わせてもらうことになった。
案内された炉は、建屋ほどの巨大なものではなく、希少な鉱石を少量ずつ精錬するために特別に設えられた、そこそこの大きさのものだった。
だが、ふいごから送られる風を受けて内側で渦巻く炎の色を見れば、その火力の高さが一目でわかった。
俺は袖を捲って炉の前に立つ。ふと見ると、少し離れたところで現場の職人や工夫たちが、手を止めて「何が始まるんだ」と遠巻きにこちらを注目しているのがわかった。
見慣れない余所者の、しかも冴えないおっさんの鍛冶屋が、帝国の将校と王国の使節を引き連れて特等席の炉を占拠しているのだから無理もない。
だが、いざ炉の前に立つと他人の視線など意識から消え去る。
「ようし……やってみるか」
凄まじい熱量を放つ炉の火の中に、あの黒に星屑を散りばめた「未知の鉱石」を投じる。
今度はただ見守るだけではない。俺はチートの手助けも借りて感覚を極限まで研ぎ澄ませた。
この高火力に対して石がどのような反応を示すか、どこまで熱を吸い込めるのかを、視覚だけでなく魔力の流れからも慎重に見極める。
先ほどの火床とは違い、炉の火力が圧倒的に強いため、すぐに火が消えてしまうようなことはない。だが、炉の中では明らかに異常な現象が起きていた。
石の周囲だけ、炎が不自然に歪み、チカチカと揺らいでいるのだ。まるで熱そのものが、目に見えないブラックホールに延々と吸い込まれていくかのようだった。魔力の流れも、石を中心にして奇妙な渦を巻いているように見える。
「な、なんだありゃ……」
遠巻きに見ていた工夫の一人が、信じられないものを見るような声を上げたが無理もない。
さらに驚くべきことに、凄まじい熱を放っているはずの炉口の縁の金属部分に、じんわりと水滴がつき始めたのだ。おそらく結露だろう。
石の吸熱作用があまりにも猛烈すぎるため、炎の熱を食らい尽くした上で、なおも周囲の空気から熱を奪い、結果としてその局所的な空間に冷気を生み出しているのだ。
数分間、最高火力の炎に晒し続けた。だが、石は表面がわずかにくすんだだけで、本来金属が熱を帯びた時に見せる赤熱する気配は微塵もなかった。
飽和状態にはほど遠い。これだけの熱を呑み込んでも、まだこの石の底が見えないのだ。
俺は長めの火ばさみを使って石を取り出し、傍らの煉瓦の上に置いた。先ほどの火床の時と同じように、地獄のような炎から取り出した直後だというのに、石の表面はほんのりと温かい程度だった。
「……やはり、ダメですね」
俺は額に浮かんだ汗を拭いながら、固唾を飲んで見守っていたルシアさんやバルガスさん、カテリナさんたちを振り返った。
「この炉の火力でも、こいつを完全に赤熱させるには至らないようです。この石の性質をねじ伏せて、武器や道具として形を固定するには、これよりもさらに強い熱が必要かも知れません。それに、この炉をいつまでも使うわけにもいかないでしょうし」
俺の結論を聞いて、バルガスさんが重々しくため息をついた。
「これ以上の熱を出せる炉となると、もはやこの鉱山はおろか、周辺の街にもありませんぞ」
「ええ、わかっています。だから、ここでの検証はこれで十分です」
俺は温かい石を木箱にそっと戻しながら言った。
「帝都に戻りましょう。都にはもっと良い炉があると聞いていますし」




