熱を喰らう
「では、用意していただいた火床をお借りしますね」
俺はそう言って、バルガスさんが案内してくれた建物へと足を踏み入れた。そこには小ぶりだが作りがしっかりとした火床と、木炭が積まれていた。職人がちょっとした仕事をするには十分な、小綺麗な空間だ。
俺は早速火床に火を入れ、ふいごで風を送る。ゴォォォという心地よい音と共に炭が赤く熾り、十分な熱を持ったところで、バルガスさんが用意してくれていた未知の鉱石を火の中へ投じた。
通常、鉄であれミスリルであれ、この温度の火にくべれば徐々に熱を帯びて赤熱し始める。だが――。
「……おかしいな。全く色が変わらない」
数分間、ふいごで風を送りながらじっくりと熱を加え続けても、黒に星屑をちりばめたようなその石の表面は、一切の変化を見せなかった。熱を弾いているのか、あるいは全く別の理由か。
俺はふいごを止め、周囲の空間に意識を向けてみた。チートとリディ仕込みの手法だ。
そうして見てみると、この岩山一帯にはそこそこの濃度の魔力が漂っている。もちろん、俺の家がある〝黒の森〟の濃密な魔力には遠く及ばないが、王国の街のように少ないわけでは決してない。
つまり、この石が周囲の魔力を吸って熱を遮断しているといった、環境の魔力に依存した現象ではない可能性が高い。
そんなことを考え込んでいると、不意にプスッという小さな音が聞こえた。
見れば、つい先ほどまで勢いよく燃え盛っていた火床の火が勢いを失い、やがて炭の赤みすらも消え去り、完全に鎮火してしまったではないか。
「えっ……? 火が消えた……?」
後ろで見学していたカテリナさんが、不思議そうに声を上げる。俺も驚いて火床を覗き込んだ。炭が尽きたわけではない。まるで、火が放つ熱そのものが空間から奪われたかのような、不自然な消え方だった。
俺は火ばさみを使わず、直接手を伸ばして、灰の上に転がる黒い石にそっと指先を近づけてみた。
あれだけ直接火のなかに放り込んでいたのだから、本来なら近づけただけで火傷しそうな熱気を放っていてもおかしくない。
だが、肌に伝わってくるのは、日向に数時間置かれた石のような、ほんのりとした温かさだけだった。
「……吸熱しているのか?」
俺はそう独りごちた。与えられた熱を弾いて中に入れないのではなく、底なしの器のように、熱そのものを石の内部に吸収してしまっているのでは。
だから火床の熱が奪われ、周囲の温度が下がり、火を維持できずに消えてしまった。そう考えると全ての辻褄が合うように思う。
「エイゾウ殿、いかがですかな?」
心配そうに声をかけてきたバルガスさんに、俺は顔を上げて答えた。
「ダメですね。この石、周囲の熱を吸い込んでいるみたいです。この火床くらいの温度じゃ、まるで歯が立たないどころか、すぐに火の勢いを消されてしまうようです。もっとずっと高い熱を起こして試してみないと、どう加工すればいいのか判断がつきません」
今この場にある設備では、この石の底を打つことはできないだろう。
しかし、そこで俺はふと閃いて、バルガスに尋ねた。
「バルガスさん。ここは規模の大きな鉱山ですから、採掘した鉱石を精錬するための炉がどこかにあるんじゃないですか? それなら、ここよりも強い火力が期待できるはずですが」
「ふむ……なくはないですがな」
バルガスさんは立派な顎髭を撫でながら応えた。
「ここで採れる鉄石などの不純物を減らすために、簡単なものは用意してあります。ただ、本格的な精錬はここではなく、採掘した鉱石を集める集積地が少し離れた場所に別にありましてな。そちらなら、もうちょっとしっかりした大型の炉がありますぞ」
「集積地、ですか」
帝都に持ち帰ってから本格的な作業をしたほうが良さそうではある。
しかし、帝都の設備を使う前に、この吸熱する石が「どこまでの熱を吸えるのか」という限界値の予測を立てておきたい。得体の知れない素材をいきなり帝都の中枢で本気で熱して、万が一爆発でも起こしたら大惨事だ。
「じゃあ、ひとまずその集積地に行ってみましょうか。帝都に持ち帰る前に、もう少しだけこの石の限界を探っておきたいんです」
俺がそう提案すると、ルシアさんとバルガスさんは顔を見合わせ、やがて力強く頷いた。
どうやら、この手強い未知の素材との対話は、もうしばらくこの岩山の周辺で続くことになりそうだなと、俺は内心で小さくため息をついた。
日森よしの先生によるコミック版の31話①が公開されました!
ホブゴブリンとの再戦ですね!
普段あんまりバトルしない作品のはずなので、貴重なバトルメイン回もいよいよクライマックスです。
https://comic-walker.com/detail/KC_002143_S/episodes/KC_0021430003900011_E?episodeType=first




