帝都の鋼
俺が足を向けた店はあくまで市民が日々の生活で使う包丁、鉈といった道具を扱う、実用本位の店だ。
「失礼、これを見ても?」
俺が店主に断りを入れると、店主は一瞬ギョッとしたような顔をしたが、すぐに頷いてくれたので、俺は無造作に置かれていた鉈を一丁、手に取ってみた。
ずっしりとした重みが手に伝わる。重心のバランスは悪くない。だが、俺が本当に驚いたのは素材そのものが持つ「質」だった。
(……良い鉄を使ってるな)
鍛冶屋のチートによって、俺には鉄の素性が伝わってくる。元々の不純物が少なく、それでいて粘りと硬さのバランスが絶妙な、質の高い鉄のようだ。
技術的に見ても、量産品としては相当にレベルが高い。少なくとも、王国で一般的に出回っているらしい(とインストールが教えてくれている品質の)ものよりも上に見える。
「どうされました、エイゾウ様。その鉈に何か?」
後ろから覗き込むようにして、ヴィクトリアさんが尋ねてきた。俺は鉈を元の場所に戻しながら、小さく息を吐く。
「いえ、素晴らしいなと思いまして。このレベルの刃物が、街角のちょっとした店で普通に売られている。帝国の地力が知れますよ」
「ふふ、お目が高いですね。帝国で採掘される鉄石は、古くからその質の良さで知られております」
ヴィクトリアさんが誇らしげに目を細める。
なるほど、素材の良さか。俺はふと、カミロが卸してくれていた鉄石のことを思い出した。
そう言えば、最近カミロが卸してくれる鉄石、それからできる鋼に質が似ているような気がする。
カミロの商人としてのネットワークを考えれば、密かに帝国産の鉄を仕入れていたとしても不思議ではない。もしそうだとすれば、俺は知らず知らずのうちに、この帝国の恩恵に預かっていたことになるわけだ。
今度カミロに会ったら、それとなく探ってみようかなあ。
「エイゾウさんがそこまで仰るなら、本当に良いものなんですねえ」
カテリナさんが感心したように、自分でも一本の包丁を手に取ってみている。隣のアネットさんも、その刃先に当たる光の反射を興味深そうに観察していた。
「ええ。これだけの質の鉄が安定して供給されているのは、鍛冶師として、少し羨ましい環境ですよ」
俺は素直な感想を口にした。
良い素材があれば、それだけで作れるものの幅が広がる。俺の打つ「特注品」はさておき、こうした素材があることで、国が富むということはあり得るのかも知れない。
「こちらを一本頂戴しても?」
「え? あ、ああ、もちろん」
俺は包丁を手に取って、店主に見せる。その購入の申し出に、店主はまた一瞬目を丸くしたが、すぐに総合を崩した。
店主に礼を言って店を離れ、俺たちは再び人混みの中へと歩き出す。
陽がさらに高く昇り、通りの活気は最高潮に達していた。
帝国の民、商人、旅人、そして様々な種族。
人間よりも一回りは大きな体躯のリザードマンが、繊細そうな布を扱う店で品定めをしていたり、小柄な種族が大きな荷物を抱えて人混みをすり抜けていったりする。
これほどまでの多種多様な人々が、肩が触れ合うほどのごった返した状況でひしめき合っているというのに、不思議と殺伐とした空気はない。
「それにしても、これだけの人出なのに、大きな諍いがないのは凄いですね」
俺は周囲を見渡しながら呟いた。
王国の王都でも、これほどの密集地帯になれば、暴力はなくとも口喧嘩の一つや二つは起きるものだ。あるいは、スリや泥棒の類が横行していてもおかしくない。
だが、ここは秩序が保たれている。
「帝都の警備兵が優秀だというのもありますが、民たち自身に『ここは帝国の中心である』という誇りと、それに伴う規律が根付いているのでしょうね」
ヴィクトリアさんが静かに言う。
影で動いている護衛や監視の存在もあるだろうが、それ以上に、この喧騒そのものが一つの巨大な歯車のように噛み合って動いている。それこそが、帝国の本当の強さなのかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、多様な種族が織りなす帝都の風景を、改めて興味深く眺めるのだった。




