散策のお誘い
ノックの音に、俺たちは顔を見合わせた。アネットさんもカテリナさんも頷いたので、俺たちは話を止め、俺がノックに応えた。
「はい。どうぞ」
俺の返答と共に扉が開かれ、部屋に入ってきたのはヴィクトリアさんだった。
彼女は相変わらずの優雅な微笑みを浮かべ、少しだけ首を傾げて俺たちを見渡した。
「皆様、お寛ぎのところを失礼いたします。昨日の今日ではありますが、旅の疲れも少しは癒えましたでしょうか?」
「ええ。おかげさまで、この金剛宮は非常に居心地が良いですよ」
俺がそう答えると、ヴィクトリアさんは満足げに頷いた。
彼女は帝国側の案内役として、俺たちが帝都に入ってからも細やかに気を配ってくれている。
「それは何よりです。さて、皆様。明日の鉱山行きまでは身体を休めよ、と陛下より仰せつかっていると伺っております。つまり、ゆっくり過ごせとのことかと存じますが、もしお疲れでなければ、帝都の城下を少し案内させていただこうかと思いまして。いかがですか?」
城下の案内、という言葉に、俺よりも先にアネットさんが反応した。
彼女は少し身を乗り出して尋ねる。
「帝都の街歩きですか。それは大変興味深いですが……ヴィクトリア様、もし可能であれば、宮殿の中を少し見学させていただくことはできないでしょうか? 帝国の歴史ある建築様式には、非常に興味がありまして」
アネットさんのその申し出は、王国側の使節として――と言うよりは情報機関の一員として――の好奇心も半分くらい混ざっているのだろう。俺も宮殿に使われている金属加工や構造には個人的に興味がある。
しかし、ヴィクトリアさんは困ったような、それでいて隙のない笑みを浮かべて手を口元に当てた。
「ふふ、アネット様。そのお気持ちは大変理解できるのですが、この宮殿は古くからの仕掛けや、機密に触れる箇所も多くございまして。あいにく、許可のない立ち入りは私共であっても制限されております。せっかくお越しいただいたのに申し訳ありませんが、宮殿内についてはまた別の機会に……ということでご容赦いただけますでしょうか?」
やんわりとした、だが交渉の余地のない断り方だった。
当然ではあるが、王国側の人間を自由にあちこち歩かせるわけにはいかないのだろう。
まあ、急におまえんち見せろよ、と言われても困るのはそりゃそうなのだが。
「いえ、こちらこそ無理を言って失礼いたしました」
アネットさんが引き下がると、今度はカテリナさんが少し真面目な顔でヴィクトリアさんを見た。
「城下を歩くとなれば、警備はどうされるおつもりでしょうか? 私たちだけで出歩くとなると……」
今回、カテリナさんは護衛も多分に兼ねている……はずである。その役目を彼女は忘れていなかったらしい。
カテリナさんの問いに、ヴィクトリアさんは目を細めた。
「それについてもご心配なく。陛下より、皆様の自由を妨げぬよう指示が出ております。表立って兵を連れ歩くようなことはいたしません。ですが、それと分からないように、熟練の護衛たちが影から皆様をお守りしております。……もっとも、カテリナ様やアネット様のようなお方には、その気配が分かってしまうかも知れませんけれど」
ヴィクトリアさんのその言葉に、カテリナさんとアネットさんは一瞬だけ視線を交わし、微かに頷いた。
「見えない護衛」という名の「監視」も兼ねているのだろうが、それを隠そうともしないあたり、相当な自信があるようだ。
「それならば、お言葉に甘えて案内をお願いします。私も帝都の街並みには興味がありますし、職人街のようなところがあれば見てみたいと思っていたんです」
俺がそう言うと、カテリナさんもアネットさんも表情を和らげた。
「エイゾウ殿がそう仰るなら、私たちも異論はありません」
「帝都の市場には、珍しい素材などもあるかもしれませんしね。楽しみです」
俺を含め三人とも、ずっとこの部屋に籠もってああだこうだと推測を繰り返すより健全だ、と内心で意見が一致した。
「決まりですわね。では、準備が整い次第、参りましょうか。帝都の街は、王都とはまた違った力強さがあって面白いですよ」
ヴィクトリアさんは楽しげに言い、俺たちを促した。
俺は懐の〝氷柱〟を確かめ、上着を羽織る。
明日の「未知の鉱物」の鑑定がどのようなものになるにせよ、まずは物見遊山としゃれこもう。
「では、行きましょうか」
俺たちはヴィクトリアさんに導かれ、金剛宮を後にして、活気に満ちた帝都の街へと繰り出していくのだった。




