皇帝の依頼
案内役の文官に先導され、俺とカテリナさん、アネットさんの三人は、宮殿の奥へと進んでいく。
昨日も通った道だが、朝の光に照らされた宮殿は、夜とはまた違った厳格な空気を纏っていた。等間隔で並ぶ近衛兵たちの微動だにしない姿が、ここが帝国の中枢であることを改めて実感させる。
王国からの同行者である二人も、昨日よりは落ち着いているように見えるが、それでも歩調には隠しきれない緊張が滲み出ていた。
やがて、ひと際大きく重厚な両開きの扉の前に辿り着いた。文官が恭しく声をかけると、重い扉がゆっくりと開かれる。
俺たちは謁見の間へと足を踏み入れた。
広大な空間の最奥、一段高くなった玉座に、帝国の皇帝陛下が座している。昨夜の個人的な訪問の時とは違い、いかにも皇帝といった威厳ある正装だ。
周囲には帝国側の重鎮らしき文官や武官が何人か控えており、場にはピンと張り詰めたような厳粛な雰囲気が漂っている。
俺たちは玉座の前に進み出ると、三人揃って深々と頭を下げた。
「面を上げよ」
重厚な声が響き、俺たちはゆっくりと顔を上げる。
「改めて、よくぞ参ったエイゾウ殿、そして王国の使者たちよ。遠路はるばる帝国まで足を運んでくれたこと、感謝する」
「もったいないお言葉です、陛下」
俺が代表して短く答えると、皇帝陛下は鷹揚に頷いた。
「長旅の疲れも抜けきらぬところだろうが、本題に入らせてもらおう。今回、エイゾウ殿を王国からわざわざこの帝都まで呼び寄せた理由についてだ」
隣でカテリナさんが息を呑む気配がした。俺も自然と背筋が伸びる。
国家間の重大な軍事同盟の話か、あるいは何らかの製造依頼か。身構える俺たちに対し、皇帝陛下は静かに言葉を続けた。
「実はな、帝国内のとある鉱山で、これまでに見たことのない未知の鉱物が発見されたのだ。エイゾウ殿には、その鉱物の鑑定をお願いしたい」
「鉱物の、鑑定ですか?」
俺は思わず聞き返していた。ある程度は政治的な話かと思っていたので、少し拍子抜けしたのと同時に、純粋な疑問が湧いた。
「陛下、恐れながら申し上げます。私はあくまで一介の鍛冶職人であり、鋼を打つことはできても、決して鉱石の目利きというわけではありません。未知の鉱物であれば、学者や熟練の鉱山師に見せた方が確実かと思われますが……」
俺が率直にそう伝えると、皇帝陛下はふっと口角を上げた。
「学者や鉱山師にはすでに見せた。だが、皆一様に首を傾げるばかりでな。余はお前以上に、未知の素材の真価を分かる者はそういないと思ったからこそ呼んだのだ」
「それは買い被りです」と言いそうになったが、俺は間一髪でその言葉を飲み込んだ。
俺が転生時に与えられたチートには、素材に対してこうせよああせよという知識は全くないのだが、名称などから何らかのインスピレーションを得られる可能性は高い。
それに何より、ここで「専門外なので無理です」と固辞してしまえば、皇帝陛下の「見る目」を公の場で否定し、疑うことになってしまう。王国の使節である二人が同席し、帝国の人たちが見守っているこの状況で、皇帝の顔に泥を塗るような真似は、前世の社畜時代に培った立ち回り術の観点からも絶対に避けるべき悪手だ。
「……承知いたしました。私でどこまでお役に立てるかはわかりませんが、できる限りのことはいたします」
俺が深く頭を下げてそう答えると、皇帝陛下は満足げに大きく頷いた。
「うむ、頼んだぞ。その未知の鉱物が出たという鉱山には、明日出発してもらう予定だ。昨日着いたばかりでまだ疲れておろう。今日は一日金剛宮でゆっくりと身体を休めておくがよい」
「はっ。ありがたき幸せに存じます」
こうして、俺の帝都での初仕事は「未知の鉱物の鑑定」という、なんとも鍛冶屋心をくすぐりつつも責任の重いものに決まった。
新しい素材、それも誰も見たことのない未知の鉱物となれば、正直なところ、職人としての血が騒がないわけがない。明日の鉱山行きに向けて、今日は金剛宮でしっかりと英気を養っておくとしよう。
「では、今日はこれにて下がるがよい」
「失礼いたします」
俺たちは再び臣下の礼をとり、厳粛な謁見の間を後にしたのだった。




