金剛宮の来客
「はい」
とノックに対し短く応えてドアを開けた。賓客が来るここである。襲撃者等ではあるまい。
しかし、そこに立っていた人物を見て俺は思わず目を丸くした。
「よっ。くつろいでいるところをすまないな」
気さくに片手を上げてみせたのは、他でもない帝国皇帝陛下その人であった。
先ほどの謁見の間で見せた他を圧倒するような威圧感はすっかり鳴りを潜め、護衛すら連れずに驚くほどラフな格好をしている。
そしてもう一人、陛下の後ろに控えている人物の姿に、俺はさらに驚かされることになった。
「でかい」と思わず口から漏れそうになった言葉を、なんとか呑み込む。
そこに立っていたのは、見上げるほどの長身を持つ女性だった。俺も背が低い方ではないが、彼女はそんな俺の頭を優に超えている。
目測だが、身長は3メートル近くあるのではないだろうか。この特別室の大きなドアの枠をくぐるのにも、かなり身を屈めなければならないほどの巨体だ。
だが、俺が驚いたのはその体躯だけではない。顔立ちや髪の色に、黒の森の我が家で見慣れた家族の面影がはっきりと見て取れたのだ。
「どうぞ、中へ」
「おう、すまんな」
「ありがとうございます」
俺が手で示すと、陛下と女性は部屋の中へと入ってきた。女性は天井の高さが十分にあるのを確認して、少し安堵したような表情を見せる。
こういう人が客としてくることもあることを考えたら、うちの客間も少し考えたほうが良さそうだな。
「突然押しかけてすまんな。謁見では、どうしても帝国の長としての振る舞いが求められるゆえ、堅苦しい挨拶になってしまった。公の場では、お前とこうして話せる機会はどうしても限られてしまうからな」
備え付けのソファにドカッと腰を下ろした陛下は、一人の人間としての気安さを纏いながらそう切り出した。
「いえ、お気になさらず。ですが、陛下自らわざわざこちらに足を運ばれるとは」
「なんの。こちらが呼んだのだ、どうしても直接礼を言いたくてな。よくぞ帝都へ来てくれた、心から感謝する」
そう言って真っ直ぐに頭を下げる陛下に、俺は恐縮して、
「もったいないお言葉です」
と返す。非公式とはいえ、皇帝という立場の人間が、これほど素直に頭を下げられるというのは、やはり只者ではない。
「さて、ああは言ったが、実のところ私の用件はこれだけだ。今日の本当の本命はこちらでな」
陛下が隣の女性に視線を向けると、彼女は少し緊張した面持ちで俺に向かって深く頭を下げた。
「初めまして、エイゾウ様。私は……アンネの母です。娘がいつも大変お世話になっております」
やはりそうか。巨人族である彼女の姿にアンネの面影を感じたのは錯覚ではなかった。アンネが巨人族の血を引いていることは知っていたが、こうして純血の(あるいはそれに極めて近い)巨人族を目の当たりにするのは初めてだ。
「こちらこそ、アンネさんにはいつも助けられております」
俺がそう言うと、アンネのお母さんは顔をパッと輝かせた。大きな体が嬉しさでわずかに震えているのがわかる。
「本当ですか……! あの子は、〝黒の森〟で元気にしているでしょうか。陛下からも様子は伺ったのですが、やはり直接一緒に暮らしている方から、あの子の今を伺いたくて。無理を承知で陛下にお願いし、こうしてこっそりと同行させていただいたのです」
身を乗り出して尋ねてくるお母さんに、俺は微笑みながら頷いた。
「ええ、とても元気ですよ。うちの家族はみんな仲が良いんですが、アンネさんもすっかり馴染んでくれています。料理の腕もずいぶんと上がりましたし、力仕事から細かな気配りまで、今やうちの工房と家には絶対に欠かせない存在です。よく食べ、よく笑い、毎日充実した良い顔をして生活していますよ」
俺は黒の森でのアンネの様子――リケやサーミャたちとふざけ合う姿や、真剣な眼差しで作業を手伝ってくれる時の頼もしさ――を、包み隠さず率直に伝えた。
話を聞くにつれ、お母さんの大きな目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「そうですか。あの子がそんなに楽しく、立派に暮らしているなんて……良かったです」
大きな手で目元を拭うお母さんを、陛下もどこか我が事のように優しく見守っている。
「エイゾウ様。もしよろしければ、もう少しだけあの子の話を聞かせていただけませんか? あの子がまだ小さかった頃の話などもお話ししますので……」
「ええ、喜んで。私もアンネさんの小さい頃の話には、とても興味があります」
俺がそう答えると、お母さんは涙を拭いながらも嬉しそうに微笑んだ。
それから夕食の呼び出しがかかるまでの間、俺はアンネのお母さんから、普段はしっかり者であるアンネが子供の頃にやらかした力余っての失敗談や、可愛らしい思い出話をたっぷりと聞かせてもらうことになったのだった。




