謁見
帝都の門を抜けて街路を進んできた俺たちの馬車は、やがて宮殿を囲む内壁の門へと辿り着いた。
王国の王城が優美さを感じさせる(遠くから見ただけだが)ものだったとすれば、こちらの宮殿はひたすらに「堅牢さ」と「威圧感」を前面に押し出している。外壁の石積みは分厚く隙がなく、華美な装飾よりも防衛機構としての実用性が重んじられているようだ。
流石にここでは通行証は必要なかった。門衛たちはハリエットさんとヴィクトリアさんの顔を見るなり、一切の無駄がない洗練された動きで敬礼する。
まぁ、帝都の入り口はさておき、ここに配属されている人間が知らないのはマズいだろうからな。
すぐに重厚な門が開かれ、俺たちはこの場にはあまり似つかわしくない馬車で中に進んでいった。
王宮の前にある車寄せのようなところで馬車から降りた俺とカテリナさん、アネットさんの王国組は、ヴィクトリアさんとハリエットさん、そして迎えに出た宮殿の文官らしき人に先導され、磨き上げられた石造りの広大な回廊を進む。
等間隔に立つ近衛兵たちの放つ気配は鋭く、王国境の衛兵たちと比べても全く引けを取らない。
横を歩くカテリナさんとアネットさんも、帝国の本拠地に足を踏み入れた緊張からか、普段の様子とは打って変わって顔を強張らせ、歩調もどこかぎこちない。無理もないことだ。王国の人間である彼女たちにとって、完全なアウェーである帝国の心臓部は相当なプレッシャーを感じる場所だろう。俺だって、前世のブラック企業で社長や役員が勢揃いする会議室に呼び出された時くらいには緊張している。
「既に陛下がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
謁見の間の前室に到着するなり、そう言われて俺は少し面食らった。通常、こういう場合は俺たちの到着を皇帝に連絡し、謁見の間に到着するまでは、この前室で待たされるもののはずなのだが。
戸惑っている俺に構わず重厚な両開きの扉が開かれ、俺たちは謁見の間へと通された。
王国の謁見の間は知らないが、帝国のそれは「力」と「威厳」を体現した空間だった。無駄な装飾を削ぎ落とし、巨大な石柱と鋼の意匠が規則正しく並ぶ様は、見る者を圧倒する。
その最奥、一段高くなった玉座に、帝国皇帝その人が座していた。
俺とカテリナさん、アネットさんは、案内役の人に従って玉座の前に進み出ると、深々と頭を下げた。今回はかなり公式に近い形での訪問だ。俺としても、公の場としては「初対面である」という体を崩すわけにはいかない。
膝をつかないのは客扱いだからで、余りへりくだりすぎるとおかしな事になってしまう。
「陛下、王国よりの客人をご案内して参りました」
ヴィクトリアさんの声が謁見の間に響く。
「うむ、お前たちは下がって良い」
次に響いたのは勿論、皇帝陛下の声だ。俺たちは頭を下げたまま、ヴィクトリアさんとハリエットさんの足音を聞いた。
「面を上げよ」
そう言われてゆっくりと顔を上げると、鋭い眼光を放ちながらも、どこか人間味のある笑みを浮かべた陛下と視線が合う。
流石にかなりよそ行きだなぁと思えるのは、うちでのんびりしていた時の陛下を知っているからだが。
「よくぞ参った、技術者どの。そして王国の使者たちよ。遠路はるばる大儀であった」
「お初にお目にかかります、陛下。しがない鍛冶屋ではございますが、この度はお招きいただき、光栄の至りに存じます」
俺が恭しく――前世の営業スマイルと敬語のスキルをフル稼働させて――挨拶をする。この場での発言は記録に残ることもあるので、初対面である体は崩さない。
俺の言葉に、陛下は満足げに深く頷いた。
「そなたの噂は余も耳にしておる。こうして我が帝国へ迎え入れることができたこと、心から嬉しく思うぞ」
陛下の言葉には、外交辞令ではない熱がこもっていた。こういうところにコロッとやられる外交官もいるんだろうなぁ。
その後、簡単な労いの言葉と、明日以降の予定についての短いやり取りが交わされ、謁見は恙なく終了した。
「長旅で疲れもあろう。今日はゆっくりと体を休めるがよい。案内してやれ」
陛下の言葉を合図に、俺たちは謁見の間を後にした。
世話役だと名乗った侍女の人に案内されたのは、広大な皇宮の敷地内にある「金剛宮」と呼ばれる離れの施設だ。
いかにも帝国らしい、堅牢さを思わせる名前だが、内装は他国の来賓を迎えるからだろう、他の箇所と比べて幾分装飾が華美になっている。
だが、その中にもある落ち着いた雰囲気が帝国流ということなのだろうなと、俺は思った。
同行の二人は別の階の部屋を割り当てられ、俺はそこより一つ上の階にある部屋だ。
鍛冶屋への待遇としては破格と言って良いはずだが、このあたり陛下は御身内にはどう説明してるんだろうなぁ。
「夕食の支度が整いましたらお呼びいたします。それまで、どうぞごゆっくりとお寛ぎください」
侍女の人が丁寧に一礼し、部屋を出ていく。
広い部屋に一人きりになると、ようやく大きく息を吐くことができた。
腰に佩いていた〝氷柱〟と、ナイフを外し、上質な木材で作られたテーブルにそっと置く。
「ふう、さすがに少し肩が凝ったな」
窓から外を眺めると、帝都の街並みが夕闇に沈み始めていた。家族たちは今頃、夕食の準備でもしているだろうか。
そんなことを考えながら、フカフカのソファに腰を下ろそうとした、その時だった。
コンコンコン。
控えめだが、はっきりとしたノックの音が、部屋のドアから響いた。
「ん? 誰だろう」
夕食にはまだ少し早い時間のはずだが。俺は僅かに首を傾げながら、ドアへと向かった。




