帝都1
丘を越えた先に現れたその姿は、これまで見てきたどの町とも、王国の都と比較してもかなり巨大で、圧倒的な質量を持っていた。
夕霞の向こうにそびえ立つ帝都を囲う外壁は、もはや壁というよりは、切り立った岩山の連なりのようにすら見える。
近づくにつれて、その異常なまでの分厚さと巨大さが明らかになってきた。
王国の都の城壁も立派だったが、帝国のそれは「防衛」という概念を物理的に体現したかのような、威圧感さえ覚える代物だ。
技術者的な観点から見ても、これだけの石材を寸分の狂いなく積み上げ、負荷のかかる要所を鋼鉄の補強でガチガチに固めるのにどれほどの労力と技術が必要だったのか、想像するだけで気が遠くなる。
これ見よがしな装飾はなく、ひたすらに実用的で強固。帝国の国力をそのまま形にしたような、無骨で力強い壁だった。
街道の喧騒は帝都の門へ近づくにつれて、熱気へと変わっていく。
本来なら、夕刻前に帝都へ入ろうとする商人や旅人でごった返す門の前で、相当な時間をまんじりともせず待たされるところだろう。
だが、恐らくは相当に配慮されているのであろう通行証をハリエットさんが手際よく示すと、警備の衛兵たちは一瞬目を剥いたものの、すぐさま最優先で専用のレーンを通してくれた。ありがたいことだが、この待遇にはいつまで経っても慣れないな、と内心で苦笑する。
馬車が帝都の正門へと差し掛かる。
その門は、行き来の利便性を考慮してか、大型の馬車が3台並んで通れるほど横幅はひろく取られていた。だが、その広さに反して、高さは低い。
王国の都の門のような、天を突くかのごとき威容ではない。
「思ったより高さがないんですね」
俺がぽつりと言うと、ハリエットさんがクスリと笑った……多分。
「はい。横幅は、物流と軍隊の迅速な移動のために広くしてあります。ですが、高さについては最低限あれば良い、という我が国を体現したようなものになっています」
馬車に乗っていてもなかなかに圧迫感を覚える。多めの荷物ならなんとかなるだろうが、あまりにもデカいと工夫が要りそうだ。
だが、それだけ徹底して「防衛」を考えているということでもある。帝国の、王国とは違う軍事国家としての側面を、こんなところからも感じ取ることができた。
馬車が門をくぐり抜けると、そこは外の街道とは比較にならないほどの喧騒と熱気に満ち溢れていた。
夕暮れ時の帝都の街路は、まさに人々の濁流だった。
外から来た旅人、荷物を積んだ荷馬車を操る商人、夕飯の買い出しに出ている市民、主人の買い物を済ませたのであろう貴族の使用人たち。
沿道には数え切れないほどの露店が立ち並び、香ばしい肉の焼ける匂いや、スパイスの効いた煮込み料理、甘い果実の匂いが混じり合い、食欲をそそる。
俺は思わず腹の虫が鳴りそうになるのをグッと堪えた。
「……それにしても、色んな種族がいますね」
俺は道行く人々を見ながら、思わず呟いた。
ここに来るまでの町でも王国以上に多種多様な種族がいるなと思ったが、さすが帝都と言うべきか、他の町では割合が多くなかったトレントやマーマンも多いし、獣人も獅子や虎に限らず、狼や犬も見かける。
そして、犬の獣人の中でも一際犬に近い容姿をした一団がいた。
「……もしや、コボルト?」
「はい。王国にはいないそうですね」
「私は見かけたことがないです」
そう、犬の獣人だと思ったのは、コボルトであった。
「獣人というよりは妖精などに近いそうなのですが、まあ、普通に会話も出来ますし、食事も大差ありません。『母上たち』の中にはおりませんが」
「ほほう」
うちには炎の精霊がいるし、妖精も時折訪れているが、彼女たちの場合、食事は真似事に近く、栄養をそこから得ているわけではないが、コボルトたちがそうではないとすると、純粋な妖精ではない、というのは確かなようだ。
彼らの装備や道具も、それぞれの種族の特性に合わせて作られており、鍛冶職人としての好奇心も静かに疼き始める。帝都での仕事が、少しばかり楽しみになってきた。
馬車は人混みと荷馬車を縫うようにしてスムーズに進んでいく。
石畳の広い通りはよく手入れされており、水路が並行して走っている。建物の装飾も、王国に比べて軍事的な実用性が高いものが多いが、貴族の邸宅が立ち並ぶエリアに入ると、幾分装飾することを目的にしたものが増えてきた。
通りの先に、帝都の他の建物とは比較にならないほど巨大で、圧倒的な存在感を持つ建造物の姿が見えた。
いくつもの塔が天を突き、夕日を受けて黄金色に輝くその姿は、威圧感さえ覚えるほどの威容を誇っている。
俺たちの目的地、帝国の心臓部である宮殿が、姿を現したのだった。




