帝国の町3
しかしそうか。よくよく考えてみれば、人間でも表情が分かりにくい人はいるし、例えばトレントの食生活が俺たちと同じとは思えない。
表情を窺って対応するよりも、素直に自分にはそのあたりがよく分からないことを伝えて、対応して欲しいところを教えてもらったほうがいいな。
郷に入っては郷に従えと、食事以外は全てこちらに合わせてもらうほうが、人里離れたところに住む偏屈な鍛冶屋のオッさんらしさはあるんだろうが、元日本人としての気性が影響しているのか、そこまで振り切る気にはまだなれないな。
そんな将来くるかも知れない顧客への対応を考えつつ、街路に目を向ければ、物を売る店にちょっとした屋台はあるが、カミロの店のように店舗と呼べる建物はなく、全て露店だった。
普通、パン屋などは窯をかまえる必要から建物と一緒だったりするのだが、パンも屋台に並べられているので、窯はどこかよそにあるのだろう。
「この町は露店だけなんですね」
早速疑問を口にすると、ヴィクトリアさんが答えてくれた。
「はい。これは砦だった頃の名残でして。いざ事があればすぐ撤去できるようにと。申し出れば、ちゃんとした店を構えても良いと触れも出ているのですが、これはこれで何かと都合が良いらしく、そのままになり、半ば名物のようになっています」
「へえ、確かになんか良い風景ですね」
「ありがとうございます」
ヴィクトリアさんが丁寧に頭を下げる。年齢的にはどこもおかしくない振る舞いなのだが、見た目からどうも違和感を覚えてしまう。
「さて、もう着きますよ」
「あ、あそこですね」
ヴィクトリアさんが言うと、カテリナさんが手綱から片手を放して指を差す。
そちらを見ると、熊が寝転がっているところを図案化した看板が見えた。
なるほど、寝るところなんだなとすぐ分かる看板である。
俺たちを乗せた馬車は、行き交う人々をかき分けながら、その宿屋に向かっていった。
当然ながら、流石に宿屋は建物である。アネットさんが馬車を預け、俺たちは全員で宿屋に入った。
手続きはテキパキとハリエットさんがしてくれた。もちろん、俺と女性陣は部屋が別だし、女性陣は女性陣で王国側と帝国側で分かれているらしかった。
王国側でそうしたように、俺は荷物を部屋に放り込むと、鍵をかけて階下へ向かう。
すると、既に王国側の2人が卓についていた。その卓に座りながら、俺は頭を巡らせる。
普段なら他の客の気分を害しかねないし、いらぬ注目を集めてしまうこともあるのでしないのだが、俺たちの他に客の姿がない。
「『掃除』、してくださってるみたいですよ」
カテリナさんがそう言って、俺は頷いた。
「そのようですね。しかし、かえって目立たないですかね」
「さすがにその辺りの対策はしてると思いますよ」
今日に限って一般の客は入れないとなったら、今宿泊している連中には何事かあると言っているようなものだ。
しかし、帝国の方々もそれが分からないわけではないだろう、というカテリナさんの話は、まあそりゃそうかと思える。
「すみません、お待たせしました」
そこへ、ヴィクトリアさんとハリエットさんがやってきて、同じ卓についた。
「いえいえ、私も今降りてきたところですので」
俺が手を振ってそう言うと、どやどやと客が入ってきた。おっとこれは、と思っていると、ハリエットさんが小さく手招きのような動きをしたので、俺とカテリナさん、アネットさんは少し顔を寄せる。
「あれは皆、我々の手のものですので、お気になさらず。勿論、ここの主人もです」
「なるほど。分かりました」
つまりは全て身内で固めてしまった、ということである。まあ、俺たちは身内ではないので、彼女らがその気になれば闇に葬り去れるし、それは少なくとも2週間ばかり露呈しないのだが、俺には不思議とその緊張感はなかった。
「それではお話……の前に、食べるものを食べましょうか」
ヴィクトリアさんはそう言って、パチンと格好良く指を鳴らした。




