3-35 何も無い――無職の全能者
ありがとうございます。
食事休憩を終え、身分証の役割判定を再開する事に。
私の頭の上には、白い神の分体カタツムリが乗っており、頭皮と精神を解されている。
とても心地良い。
「――次は、私の番かねぇ?」
「お母さんの役割か……やっぱ戦神かな?」
「ただの年寄りで十分だにゃ」
「うん。冒険さえできればなんでもイイけど、なるべくカッコイイのが嬉しいねぇ」
赤い神が判定機に手を乗せると、黒い神の時と似た、短い紙が排出される。
「あ、私と一緒かな?」
いや、印字されている文字は異なる。
しかし、親子揃って選択肢が無い。
ある意味、直線的で率直な二人には相応しく思えるが。
「これは……なんでしょう?」
今回は、チーズさんも知らない判定結果らしい。
「ふむ……『何も無い』とはどういう事にゃ?」
「ん? なんか書いてあるよ?」
「いや……この書いてある文字が、数字で言えばゼロ、漢字で言えば『無』を意味するのにゃ」
無い事を明示する、というのは判定処理が失敗した事を示すメッセージか。
それとも、正しい判定結果として特別な意味を持つのか。
「んだなぁ。あと『なんもしねぇ』っちゅう意味もあるけぇ」
「えっと……つまり、役割が無いって事?」
「うん。イイねぇ」
赤い神は、心から嬉しそうな、満面の笑みを浮かべている。
しかし、白い神の『なんもしねぇ』という訳から推測するに、おそらくは――、
「『何もするな』という意味かと」
思われる。
さらに言えば役割というより、ヤバちゃんの希望が書いてあるのだと思われる。
「なるほどにゃ」
「ふぅん……ヤダ……拒否するよ。冒険したいし……」
目を細めて、不快感を示す。
握った拳から、激しく火花が散る。
チーズさんが、細かく震える。
これは興奮ではなく、怖れの反応。
「あの……念のため、もう一度判定してみては……いかがでしょうか?」
「お母さん」
「うん。ごめん。――こうして……」
おもむろに、軽く振りかぶった平手を振り抜き、判定機の角に指先を掠める。
判定機が、その場で回転する。
床から、薄っすらと煙が立ち昇る。
「えぇ⁉︎」
チーズさんが、素早く退避する。
「……こうかな?」
振り上げた腕を上から振り下ろし、回転を止める。広げた手指の間には電弧放電。
「壊れました……?」
「や、大丈夫だよ。コレはヤバちゃんが自分で作ったヤツだし……ほら、出てきたよ」
排出された紙は、今までの淡い薄褐色とは異なり、赤みが強い。
「ん、赤くなってるけど……なんか隅っこに付いてるね」
そこには、先ほどと同じ文字の横に、別の文字が付け足されている。
さらに、端の方に小さく注釈のように、短い文章らしき物が添えられている。
「ふむ、直訳すれば『勘弁してくれ』……だにゃ」
注釈ではなく、気持ちを込めたメッセージ、という事か。
「真ん中のは?」
「あ、これは……見た事ありますね」
「なんて読むの?」
「『役割が無い』……だにゃ」
「うん。ニートだねぇ」
なるほど。
「……役割が無い役割って事?」
「はい。役割の解説書で見た事があります。直訳するとニートですが、全能者、オールマイティのような意味もあります」
無職が全能。アイロニーを感じる多義語。
しかし確かに、赤い神は私の知る管理者の中では、最も全能に近い存在。
「うん。これなら大丈夫そうだねぇ。チーズさん、登録をお願いするよ」
「あ、はい。こちらに身分証を置いて下さい……」
身分証が置かれると、判定機全体から、大きく歪な多面体魔法陣と、蜘蛛の巣のように張り巡らされた小さな幾何学模様が飛び出して来る。
勇者の時よりも派手だが、率直に言って、接待的な雰囲気を感じる。
「綺麗やなぁ」
「うん。イイねぇ。でも……勇者のシロちゃんより目立つのは申し訳ないねぇ」
そう言ったそばから、エフェクトが小さくなってゆく。
しかし、その即応性がむしろ、接待感を増している。
「ん、小さくなったけど……ヤバちゃんが見てるのかな?」
「や、判定機がヤバちゃんの思考を真似してるんだよ」
「ふむ……良く見たらこの判定機、ダウングレードした端末だにゃ。元は、白いのが出会った三つの箱で構成されたヤツと、近いタイプだにゃ」
「んだなぁ。良う似ちょるけぇ」
そう言われてみれば、確かに端末のようにも見える。
おそらく、もう使わなくなってしまった端末を、判定機として流用しているのであろう。
「はい。これで完成です……勇者に続いて二人目の万能な役割ですね。これなら、どのような組み合わせでもパーティ登録できますよ」
「ん? パーティ登録って?」
「あ、パーティ登録というのは……ギルドで特別な依頼が請けられるようになる仕組みの事です。決まった役割の組み合わせでグループにならないと、請けられない依頼もあるのです」
つまり、個別に必要な人材を集めるのではなく、既に存在する職能集団に対して仕事を発注するための仕組み、という事か。
「ふむ、つまり、全ての専門的な役割を含む構成として、認められるのかにゃ?」
「はい。特定の専門的な役割が必要な依頼も、万能な役割が二人居れば申し込めるのです」
申し込める、という事は入札申請が可能なだけで、契約は別、という事か。
「うん。でも、私達には関係無いからねぇ。仕事を貰いに来たわけじゃないし」
「ん、だけど勇者と無職って、凄い組み合わせだよね」
「うむ。発明家も入れたら、なんの集まりなのかさっぱり分からんにゃ」
確かに、職能集団として見たなら、違和感が強い。
それに、私達の目標はドラゴンの討伐という、狩猟的な戦闘行為。
せめて私だけでも、戦闘色のある役割が判定される事を期待しよう。




