0-4下 ニャマコ――収納
なるべく圧縮……2019/02/20
「ちょっとテスト」
伸びる綿を拡大縮小で変形操作し、柔軟性と変形速度の限界を確認。
そして、地面を撫でるように、軽くムチのようにしならせると、軟体生物に当てる。
転がる。
「なんでにゃ……いや、柔らかいまま自分以外に当てたらどうなるか、知りたいのは分かるのにゃ」
「そのとおりにゃ」
「ワシで試す必要は無いのにゃ」
「ニャマコ、目が冷た過ぎ……」
どうやら、脳内ではニャマコという呼称が、既に定着していたようだ。
「眼つきは、この体が素直過ぎるから仕方ないのにゃ」
「ん……」
突き伸ばす。
「……この語尾は、あの上司が付けた意訳変換の仕様だにゃ。文句は、あの婆に言うのにゃ」
特に、痛みなどは感じていないように見える。
「ん……」
巻き込み、持ち上げ、落とす。
「いや、それより、ニャマコとはなんにゃ? ワシはナマコでも生物でもなく、演算機……機械だにゃ」
「ネコミミ、かわいいよね」
「いや、これは耳ではなく、拡張パーツの触腕……つまり手と腕だにゃ」
「⁉︎」
ニャマコが機械である事より、耳が手であった事に驚愕を見せる。
伸びる綿で、ネコミミを掴み、引っ張り上げる。
「……変形には慣れたようだにゃ」
一部を切り離し、捏ねて白銀ニャマコを形成する。
「粘土で模型作るみたいで、楽しいね」
容器に使う素材も、変形でネコや犬の形に形成。
「まぁ、練習にはちょうど良いかもにゃ」
植物や架空の生物から、立体フラクタル、彼女が好むファンタジー感溢れる鎧へ、次々と試行錯誤に熱中。
最終的にはシンプルな帯状に、腰に数回巻き付け、刀の鞘を刺すような形に落ち着く。
「ん、これでイイかも」
「色が微妙だにゃ」
鞘と帯の内部は空洞。その中に伸びる綿を変形収納する。
鞘の外側には、鉱石に含まれていた赤茶けた成分を薄く結合。
伸びる綿の検証に戻る。
「軽くて伸びる……でも、少し離れたモノに当てると、重くて硬い……」
――名前は……ナマコ斬りでイイかな……必要無い武器ってロマンかも。
結局のところ、性質、構成、分類、何もかも不明。
未知の『感触』を警戒し、念入りに調べ続けるも判然としない。
それがかえって趣味嗜好に触れたようで、薄く笑みを浮かべる
彼女は過剰なモノは嫌うが、過剰かどうかすら不明なモノは好む。
――あ、うまく揺らすと電弧放電っぽいの出る……ファンタジーかも。
全く原理のかけらも見出せず、それにより、むしろ心を沸き立たせる。
「何に使えばいいかさっぱりだけど……なんかイイね」
「ファンタジーとやらが好きなお主のためのオモチャだにゃ」
「こういうの、結構嬉しいかも。あ、そういえば、この服も用意してくれたのかな?」
「うむ。少しあやつの趣味が混じっておるが、お主が元々着ていた衣服をカスタマイズしたようだにゃ」
元の黒いマキシ丈ワンピースセットを再現し、柔軟性及び弾力を強化、軽量化したようだ。
靴は無いが、足の底が弾力を持った何か表現できない物を履いている。
「ん……体もちょっと楽なんだけど、ここって空気とか重力とか、地球と一緒なの?」
「いや、空気の構成は少し違うのにゃ。さらに、お主の故郷より気圧も高く、重力も強いはずにゃ。まぁ、設定次第だから変えることもできるがにゃ」
「ん……宇宙船のエアロック的な場所?」
「どうかにゃ。確かに、一度入れば除菌消臭は完璧だにゃ。というより、実体があって無いようなモノだからにゃ」
良く分からないが、ここで『有用な物』を作らせるという事は、仮想現実での変化を現実に反映させる仕組みによるもの、と考えるのが妥当に思える。
しかし、現実での彼女達が、どこに、どのような形で存在しているのかは、未だに予想がつかない。
「夢と現実の狭間って、カッコイイよね」
「知らんが、その素材はその形でいいのかにゃ?」
魔法使いと浪人を掛け合わせたようなシルエット。
マキシなギャザーフレアと言ったら良いのか、カテゴライズし難い状態。
とはいえ――、
「気に入ったかも」
機嫌、心の安定感は改善されたようだ。
「ふむ……では、そこに広がって沈み込んでおるドロに、軽く手を入れてみるのにゃ」
「手を?」
「頭はやめておくのにゃ。慣れんうちは即死するのにゃ」
「……なんとなく予想できたけど、即死するのはなんでだろ?」
「後で説明してやるが……まぁ、実用性のあるファンタジーオモチャだにゃ」
「えっと……毒とか、溶けるとか、そういうのじゃないよね……予想通りの用途にしても、中は? 感触は何も無い感じだけど、真空じゃないよね?」
「だいぶ、緊張は取れたようだにゃ」
「ん、吹っ切れてきたかも」
ゆっくりと、ドロに手を入れてゆく。
薄く笑みを浮かべる。
「……色が薄い所が入り口で、濃くなってる方が外側?」
楽しめる要素を得てか、声に硬さが抜けている。
「うむ。入り口に入り口を入れて、中に入れた方の入り口に手を入れてみるのにゃ」
「……ナニコレ」
差し込んだ腕の隣から、手が生える。
「手前の端に腕を動かしてみるのにゃ」
「……うわぁ」
反対の端に、手が離れて行く。
端までつくと、ドロが伸びる。
手を戻し、じっと見つめる。
「ちなみに、単純に分解して切り離しても内部の位置は変わらんが――」
「そっか」
気が抜け過ぎているのか、生返事の感が強い。
「中の気体が、ドロの内側の面と特殊な状態で結合しておるから、切り離したドロを中に入れると――」
「ん……」
既に、上の空のようだ。
「――になるから、固体や、多少粘度があるゲル状のモノであれば、すんなり入るのにゃ」
「そっか」
「ただし、粘度の低い液体――」
「にゃ」
「単一分子まで伸ばし――」
「ふぁー……」
緊張が解け、弛緩し、疲労感が眠気を呼ぶ。
大きなあくびをうかべて、目もほとんど閉じてしまっている。
「…………」
――気持ち良い……。
ニャマコを枕に横になり、ぼんやり空を眺めながら、眠りに落ちてゆく。
「おやすみなさい」