0-4上 時の調整――素材ロマン
細部微修正……2019/01/23
「で、どうしよう……」
思いがけない危機を脱した事で、多少の達成感と共に、能力への手応えはあったかもしれない。
しかし、ただでさえ関心の薄い仕事に加えて、あまりに意図が見えない『上司』の放任主義。
私の知る彼女らしくはないが、自ら率先して職務に向かうよりは、『上司』の関係者であろう者に尋ねる方が手っ取り早いと考えても仕方ない。
「お主の記憶では、技術者とは自分で考える者、とあるにゃ」
「ん……でも、ここで何か実験するにしても、外に出るにしても、情報が少な過ぎるよ……」
技術的な事であれば、いくらか反骨精神も湧いたのかもしれない。
しかし、能力の危険性を思い知ってしまった直後でもある。
神としての仕事など、細かな指標も前例も無しには、どこに致命的な失敗が潜んでいるか分からず、怖れるのも当然であろう。
「それもそうかもにゃ。いかにも重要度が高そうな本を、二度にわたって破壊しにかかりおったお主にしては、慎重過ぎる気もするがにゃ」
「ん、ちょっと疲れてて、釣られ過ぎたかも……でも、釣り過ぎなあの人もどうかしてると思う……言ってて、なんか自分に刺さるけど」
過剰さによる失敗を、慎重に先を予測して避けながらも、気づいたら既に嵌っている。
かつての彼女にも見られた傾向。
開発現場でも、仕様に障らない範囲で予測される拡張の前準備を差し込み、実際に必要になった段階で手を抜き過ぎる事が度々あった。
先を読んで、先の先も読んだものの、最後辺りで短絡的になるパターン。
こういった点も、彼女と『上司』で共通する癖なのかもしれない。
「ふむ……ならばとりあえず、サンプルを使って能力の基礎的な事から教えるのにゃ」
「ありがと」
まるでマスコットのような、冗談のような見た目ではあるが、面倒見が良い気質なのであろうか。
能力知識に関しても、頼り甲斐のありそうな雰囲気を感じる。
「お主が本を粉砕しおった時に出てきた物は、アレに書いてあった通り、能力練習用の実験素材だにゃ」
「ん……警戒し過ぎたかな?」
「危険な事になりそうなら、すぐに止めてやるのにゃ。ワシは、その為にもそこに突っ込まれておったのにゃ」
「何が起きても想定内って事?」
理知的で、職務知識も豊富そうな印象を受ける謎の生物。
良く言えば、『上司』から厚い信頼を寄せられているであろう頼りになる補佐役。
実際は、実務において有能なために、仕事を丸投げされた現場監督、というところか。
「さらに言うなら、この空間において取り返しのつかない物は、その尻尾だけだにゃ」
「そっか……っていうかあの人、最初のは知っててやったよね?」
「どちらも、イカレておるにゃ」
仕事の道具をオモチャにする『上司』と、これ見よがしに重要そうな書類を八つ当たりで粉砕する彼女。
どちらも客観的に見ると、確かに危ない人物かもしれない。
「この尻尾って、結局なんだったの?」
「それは……なんと言ったらいいのかにゃ。汎用補正ピペットかにゃ。本来は研究職が使う実験用器具だにゃ」
正式名称の正しい表現が、彼女の知る言語では難しかったようだ。
あえて無理矢理に表現するなら、対象の処理量や変化量とでも言うような物を調整する器具であろうか。
「ん? ピペット? 時間の速さがどうとか言ってたけど……」
「うむ。吸い取ってから別の場所に吐き出して、細かな量を調節する道具だにゃ」
確かに、そう言うならピペットの機能に違いない。
「何を調節?」
「なんにでも使えるにゃ。今ここでは、時間の進む速度のズレを、補正するのに使っておる」
おそらく、実際に器具を使用して、補正を行っているのはこの生物なのであろう。
「あの人、研究の道具を本にしちゃったのか……私も尻尾にしちゃったけど……」
「それを粉砕したまま放っておいたら、そのうち限界を超えておったかもにゃ」
ズレの広がり度合いが、急ぐ必要があるほどに大きかったのであろう。
とはいえ、流石に最悪の状況になれば『上司』がフォローしたはず。たぶん。断言はできないが。
「反省してます……あ、でも時間の流れが変えられるなら、時間を巻き戻したりは?」
「無理だにゃ。ピペットの機能は量の変更であって、流れの変更ではないのにゃ」
少なくとも私は、時間を巻き戻すツールなど聞いた事が無い。
元の状態を再現するのであればともかく。
「そっか」
「まぁ、ピペットよりもまずは、能力の練習からだにゃ。お主は、物を作るのが好きなはずにゃ」
「ん……ノリで作るなら好きかも」
「それなら、そこに転がっておる実験素材を、何か有用な物に加工してみるのにゃ」
「有用な物?」
鉱石、ボール、ドロ、綿と順に視線を動かしてゆく。
――ん、これは軽そうだけど……中は……。
ボールを手に取ると、目を瞑り集中し始める。
『感触』により、その内部と周囲の電磁場の変化を感じている。
――何も感じない?
何も感じないとは、感じないからこそ殊更異常に感じる、という事か。
――どういう事だろう……あ、違う、なんか出てる……ちょっとだけ滲み出てる。
――均一で、道の先に……片方だけ……え?
徐々に顎を落とすように、口が締まりなく半開きになってゆく。
「これ……え?」
「モノポールという単語が記憶にあるのにゃ。知っているのに驚くのは、珍しいという事かにゃ?」
モノポールとは、単一の極のみを持つ磁石のような物。
ここで言うモノポールは少し異なる気がするが。
「……え? なに? どっち極? あ、Nか。キレイに均一……どういう事?」
「……なぜここで混乱するのにゃ」
「一種類で真球! 腐食もしないの⁉︎ 温度とか! 電気とか! 良く分かんない!」
何を言いたいのか、私も良く分からない。
「待て、落ち着くのにゃ。この空間に来ても、あの上司に会っても、ワシを見ても、時間に取り残されそうになっても、わりと落ち着いておったのにゃ。なぜ、そこで錯乱するのにゃ?」
落ち着かせるためか、ゆっくりと、はっきりと語りかける。
「……あ、ホントだ。大した事じゃなかったかも……目標が無限エネルギーだから、それに使えるって事……は無いか。オモチャかな?」
モノポールといえば、永久機関のイメージでもあるのか、そこに結びつけて鎮静した流れのまま、再考して玩具に落ち着く。
「いや、用途は知らんが、お主の沸点や融点が混沌としておるのは把握したのにゃ」
「……凝固し難いんだよ」
「……冷静なうちに、他のもじっくり調べてみるのにゃ。コレはワシが預るのにゃ」
「ん……」
「能力を借りるのにゃ」
ネコミミでボールをつかむと、ドロの一部を切断。
それとボールを捏ねまわして、手品のように消す。
「えっと……まぁ、いいや」
「にゃ?」
未知の現象に疑問を浮かべつつも、出来て当然のような気軽な雰囲気から、とりあえずスルーしたようだ。
「……鉱石は普通っぽいし……綿が気になるかも……とりあえず、撫でてみてイイ?」
「うむ」
白い綿のようであったその表面が、手の流れに沿って伸びてゆく。
「ナニコレ……なんか吸い付く……じゃなくて、吸われた……あ、水分とか電流――」
「いや、今ワシも水分を纏って電流付きで触れておるが、変わらんにゃ」
「ん……どういう事?」
「……お主の感触は、触れた方が感度が高いのにゃ。触れた場所で、やり取りがあるからだにゃ」
「私から、なんか出てる?」
具体的には語っていないが、原因を断定しているようだ。
「うむ。ついでに、そっちの鉱石の光っておる成分を、吸い取るように意識して分解してみるのにゃ」
「……吸い取るように……」
サラサラと崩れる鉱石。
ミスは無かったものの、顔には疑問符を浮かべている。
「要領悪いのにゃ。分解しながら、同じ成分だけを結合するのにゃ」
「はい……」
眉尻を下げる。
どうやら、説明しながら推理力や理解力も試しているようで、結果的に意地の悪い教え方になっている。
「……触ったら柔らか過ぎて扱い難い物があり、『ついでに』併せて処理させたのであれば、何に使うかお主なら分かるはずにゃ」
「はい……」
主を喪ってから長い間、投げやりな生活態度の中で、意味の薄い作業ばかり続けてきた弊害か。
その思考停止してしまった部分に、油を注ぐように、挑発するような視線を投げかける軟体生物。
「ん……容れ物?」
「うむ。好きな形状で良いから、変形させるのにゃ」
「……シンプルな方が使いやすそう。でも……」




