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0-3下 ナマコ――しっぽ

文体微修正……2019/01/05


「なにこれ……カワイイ」


 何かのマスコットキャラクターのような目とネコミミ、水風船のように震える薄青い楕円球。


「……何を、しておるのにゃ」


「喋ったし……」


「お主は既に、一つの惑星系を管理する立場にあるのにゃ」


 イントネーションと口調に、わざとらしい主張を感じる。

 諭すような語り口ではあるが、その声のトーンには、どこか甘さを感じる。


「……えっと、本書いた人?」


「違うにゃ。あの婆と一緒にされたら、おこだにゃ」


「……おこにゃ?」


 流暢な日本語を話すものの、堅苦しさとラフさが統一されていない。

 おそらく、私も『上司』から受け取った、言語の意訳を音声変換するツールを介して、別の言語で話しているのであろう。


 話していると言っても、伝達する意思のこもった思考であれば自動的に音声変換されるため、音声を用いていない可能性もある。

 しかも、『上司』の趣味的なモノなのか、自動的に個性表現が含まれてしまうため、本来の話ぶりは異なるのかもしれない。


 ――キャラのバラけた、ナマコ系マスコット……。


「マスコット? ワシの見た目の事かにゃ?」


「……ん? 今、口に出してた?」


「ワシの中枢とお主の意識が結びつけられておるからにゃ。想像しておるイメージも、過去の記憶も、少しは分かるのにゃ」


「えっと……私みたいに? 感触で?」


 直近で、鏡写しのような存在に出会ったばかりであるためか、かつて類を見なかった自分の機能を他の者も持っている可能性を考えたようだ。


「いや、お主らの使うセンサーとは違うにゃ。固有名詞を意訳するなら『同期』だにゃ。ワシの中に、お主の思考を描いた図形があると言ったら伝わるかにゃ?」


「ん……分かんないけど……」


 私も、文章では正確に表現できない。


「同期にはいくつか分類があるが、この同期はお主の側には何も伝えないタイプだにゃ。感触でも、ワシの思考は読めないはずにゃ」


「なにそれズルイ」


 一方的に彼女の思考や記憶を、同期領域に内包しているような形、という事か。

 なるほど。この存在を介して、思考や記憶の解析結果が送られて来ているのかもしれない。


「それより、急いでワシの言う通りした方が良いのにゃ。外の世界の時間が加速度的に進んでいってしまうのにゃ」


「……どういう事?」


 私も分からない。時間の進む速度の違いは分かるが、その差が開く理由が気になる。


「あの上司が言っておった、お主にとって重要らしいアルジとやらも、どうなるか分からんからにゃ。取り返しがつかないのにゃ」


「…………」


 仔細は不明ながら、経年劣化する存在であれば時間の加速により喪われる可能性は高まるであろう。


「……呆けておる場合では無いにゃ。とにかくまずは、さっき粉砕した本をすぐに戻すのにゃ」


 混乱からの呆然、急激な動揺と、心のキャパシティがマズイことになっているようだが、それどころでは無かったらしい。


 残った思考のリソースを掻き集めるように集中し、叩きつける前の本の状態を――本の中に感じた電磁場などの動きを、必死に想起し始める。


 そしてページを戻した時のように、本が落ちていた場所を凝視する。

 手指を固めたまま、現れた闇の中で構成要素が安定するまで、呼吸を止めて構築。


「……ふぅ。これでいいの?」


「機能的には問題無いにゃ。次に、その本を取り込むのにゃ」


「……えっと、取り込むって……私に結合するって事?」


「神経との接合も含むのにゃ。結合だけでは意味が無いのにゃ」


 迅速な状況の把握に努めて、細い糸を手繰るように問い掛けたものの、平然と返される。


「……壊さないように、くっつきそうな所に、結合」


 神経といえば脊髄かと、直感的に接合箇所を背中側に決めたようだ。

 四十肩のように可動域の少ない腕でも届く、腰の真後ろに手で持ち寄せながら、切断に近い分解をイメージ。


 ローブを数センチ裂く。


「熱っ!」


「未熟だにゃ。分解で熱を発するうちは、単純な縮小は控えておくのにゃ。爆死するのにゃ」


 周囲の空気も巻き込んで雑多な形で分解してしまった余波により、いくらか熱を発生させてしまったようだ。

 多少熱いくらいの失敗ならまだしも、縮小でミスを犯した場合に爆死とは、穏やかではない。

 効果の度合いと技量が、極端にチグハグ過ぎる、という事か。


「形変えるのもヤバイ?」


「形状の変化だけなら、縮小と拡大を個別に意識せず、変形のみイメージすれば問題ないはずにゃ」


「結合は……」


「フォローしてやるのにゃ。能力を借りられる状態になるまで、少し待つのにゃ」


 焦りからか、話しながら自然と能力が発動してしまったようで、既に仮留めのように軽く結合していた。


 先程ローブを少し切断していたが、かつて着ていた物とはいくらか違いが見られるローブを纏っている違和感も、切断した箇所に繊維構造や多孔質など質感に相応しい構造が全く見られない特殊性も、同様に焦りからか全く感じていない。


 ――くっつく面積小さいけど……かなり重い気が……重さ変えたりは無理だし、手で押さえっぱなしも危ない気がする。


 重心をなんとかしようという事か、やや屈んだ姿勢で体を硬くしたまま、少しずつ接合したそれを、細く長く伸ばしてゆく。


「フォローできるようになったのにゃ」


「変質って……」


「心配は分かるが、これは普通の物質とは違う物で出来ておるのにゃ。そう簡単には変質できんし、さっきは粉砕できただけでも大したものにゃ」


 そう言われつつも心配であったのか、非常に緊張した面持ちで慎重に形だけ整えてゆく。


 そのうちに、細長く腰から垂れ下がった状態で、大部分が地に着いて長大なトグロを巻いていた。


 重量による負荷が緩和されて接合部が安定したようで、本留めの工程に入る。


 元が柔らかい素材であるからか、その見た目は――、


「なんか尻尾生えたみたい……」


 腰の下から、柔らかく細長い光る尻尾のようなものがぶら下がっていた。


 中腰を維持し過ぎたため少し震えがきたらしく、地に着いていない部分がぷらぷらと揺れている。


「長過ぎ……腰に集めて……ギュッ、と」


 長過ぎる分を、ローブの内側にまとめるという事か。


「グラマーになった……」


 グラマーというか、元が平らな臀部が多少膨らんで見える程度。

 しかしまだ軽く地に着くほど、たらりと伸びている。

 しかも、元の状態より発光が強くなっている。

 どう見ても反射ではなく、発光度合い自体が強まっている。


「……これでいいの?」


「脚が弱そうなお主には、ちょうど良い第三の脚だにゃ。接合部から伝わる感覚があれば、多少は拡大縮小で操作しやすいはずにゃ。それより、見た目のセンスが微妙だにゃ」


 この軟体生物は、地球人のような感性を持っているようだ。


「私も、これはどうかと思う……」


「今の技量では、そんなものかもしれんにゃ」


「あ、でも椅子代わりになるのはいいかも。老体にはありがたいよ」


 椅子として使えるという事は、結合によって硬くもできるという事か。


 とりあえず、機能的には問題無いようであるため安心が得られたのか、いくらか平生を取り戻したようだ。


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