2-7上 黒くて薄いコアラ――ライの笑顔
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「……コロッケ味……うぅん……存在そのものがコロッケなの……」
「……目ぇ覚めたけぇな?」
穏やかに微笑むライの手は、めり込むほどにへばり付いた黒い神を、優しく撫でていた。
「おはよー……白姐の手は、幸せの感触……ん、ナニコレ? 体が……超快適なんだけど……」
体に負担の強い、凄まじい寝姿勢であったが、むしろいつもよりスムーズな動作で体を伸ばす。
「白いのが、体から不要な物を排除しておったのにゃ」
これまで観測機のデータを調べた限りでは、永命種の肉体が元から持つ、変質や分解に近い機能が、断続的に停止しているように思われた。
代謝の代わりになる機能にスルーされたと思われる対象が、体内に蓄積していたのである。
それにより、人間として見れば、歳相応に老いているように感じられたのであろう。
今、ライの吸収により改善された状態は、まだ完全とは言い難いが、その解放感は相当であろう。
「おぉ……」
「昨日、ウチが出したヤツも、少しは効いたんかもなぁ」
昨日、調理の際に提供された食材は、黒い神の体に合わせた栄養補助食品でもあった。
「一晩で……ずっとキツかったのに……マジかぁ」
黒い神の涙腺から、いつになく清らかな雫が滲む。
感動の涙と共に、耐え続けた苦しみの年月もまた、浄化されて染み出したという事か。
「良かったなぁ。管理者っちゅうんは、ウチらと同じくらい丈夫やって聞いちょったけぇが……そうは見えねぇ感じやったけぇ」
管理者は、その肉体そのものは、ライ種のような不滅性を持たないが、本来、慢性的な苦痛などあり得ない。
「上司も、黒いのの体には疑問を持っておったのにゃ。管理者の基準を満たす構成――上司と同じ構成なのは間違いないが、自律機能が修復を拒絶しておったのにゃ」
主を喪った事で、同じように老いて、生を終えようとしていたのであろう。
一般的な地球人の老体に近づくように、恒常性に関わる機能の働きを、無意識に拒んでしまったのだと思われる。
「ん……もしかして、生きるのに疲れちゃった未亡人とか……どう?」
凄まじい省略だが、つまり言いたいのは、絶望した未亡人が抱く穏やかな死を待ち望む想いから、無意識の内に、身体機能を自ら抑制してしまっていた可能性についてはどうだろうか、という意味か。
「ワシらだから分かるが、省略し過ぎて意味がおかしな事になっておるにゃ」
接続された意識により、仔細把握できるニャマコは元より、ライも意味は把握できたらしい。
「……前の、ウチみてぇなもんやなぁ」
思い当たる過去に、眉尻を下げるライ。
「あ、えっと……あー、でも、うん。白姐のおかげで、元気になったから、うん、ホントに……ホントにありがとう! 白姐が居てくれて、毎日超ぶちアゲだよ! エブリディ、オン・ザ・カタツムリ! カラダ中がもうセレブリティっていうか、キラッキラのキレッキレのナリキンな白銀からのシロガネーゼだよ! あ、白がネェって言っても、白はアリだからね! 全然アリ!」
「……いきなり、なんなんにゃ」
いつも微笑み聖女なライの顔に、陰りが差しかけた事に動揺してか、何かを過剰分泌するようないつもの発作が出てきたらしい。
ライを鼓舞したいその意気込みだけが、支離滅裂に駆け抜ける。
「よしっ! これで……今日から私も綺麗目系のリア充で、引退アイドルだね!」
「……いや、落ち目系のアル中アイドルだにゃ。もしくは、幼児退行系のウナ重高齢者かにゃ」
落ち目にアルコール中毒も酷いが、ウナ重に全力ではしゃぐほど退行してしまった老婆の姿は、微笑ましさと共に薄っすらと寂寥感を漂わせる。
どちらも少し前に、似たような者を目にしたばかりではあるが。
「落ち目のアル中! イイね! そういう知識ばっか仕入れてるニャマコ大好き!」
「だから、なんなんにゃ……そのテンションは……」
「やあ、みんな! 後期高齢者アイドル、ブラックちゃんだよ! デビュー前から、死に損ないのデロデロにゃん! よろしくね!」
「なんなんにゃ……」
「……ふふっ」
その無駄に勢いのある禁断症状を、いつも通り柔らかみのある微笑で見つめているが、ライがはっきりと笑い声を漏らしたのはこれが初めてではなかろうか。
「お……おぉっほぉ! ぐ……おおぅ……ぐふゅ……」
「待て、なんか出ておるにゃ……」
それを思わず凝視した黒い方は、その柔らかくない口元から、力強く歪んだドス黒い何かを漏らした。
何か、良く分からない物質を生成したようだ。
「……おぅ、いぇあー……一本取れたと思ったら、カウンターで即死したけど……イイね! いぇあー!」
女神の微笑みを取り戻し、勝ち誇る寸前、そのあまりの破壊力に昇天してしまったようだ。
口と鼻から、出てはいけない物を出してしまったかのような演出を加えつつ、テンションはさらに増して『超ぶちアゲ』のようである。
「……来客にゃ」
背後に、いつのまにか人影が佇む。
振り返ると、さりげなく目を逸らす人影。
喉と顔を手で擦りながら、着ぐるみ猫人の女性が静かに立っていた。
ちなみに、猫人にとって出会い頭に目を合わせるというのは礼を失する行為であるため、特に他意も無く逸らしただけであろう。
「んにゃー。失礼します。出発の準備が整いましたので、いつでもお声掛け下さい」
「……あ、はい、すみません。わざわざありがとう……少ししたら出ましょうか」
適応力が高く、常に自然体を貫く着ぐるみ猫人らしい立ち居振る舞い。
報告の後も真顔で去っていくその姿を、口と鼻から何かを流したまま、固まった笑顔で見送る。
その後、そそくさとカーファを作り、無駄に恭しく白い女神に捧げてから、勝手に搾り取ったニャマコ汁を、腰に手を置き一気にあおる。
「ぷはー……じゃ、行こっか」
「ぷはー、じゃないにゃ……」
「良う分からねぇけぇが、ウチはイイと思うけぇ。そういうん好きやけぇなぁ……ふふっ」
「おぅ……いぇあー! そんな白姐が、私も大好きだよ!」
満面の笑顔で『ユニサス』に、尻尾を巻きつけ騎乗する。
ニャマコもサイズ、及び重量調整しつつ、黒くて軽いその頭部に飛び乗る。
ライも、音も無く自機に飛び乗ると、歩みを進めつつ猫人達に声をかける。
「こっからは、獲物もあんまおらんけぇ! ちぃと速さ出して行くけぇなぁ!」
「んにゃー!」




