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2-5上 交渉――追加提案

押しが弱くても条件次第で優位性は発生する。


 延々と、終わる気配を見せなかった物理的な熱烈歓迎も、日が暮れるにつれて、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 しかし、興奮を失った彼らに近づいて行くと、目が合うなり恐縮するように身を固める。

 そして、視線を泳がせながら膝を折り、顔面土下座を始めかけた。

 しかし、適度な運動を終えた後の、清々しい雰囲気もいくらか漂っていた。


 この謎の優位性を得た白黒一行は、それを頼りに交渉に入る。

 鼠人達の渇いた土地でも、例のドリルで耕せば、イモ栽培が可能になる事は確認済みである。

 さらには、ニャマコ囮作戦の延長により、土地や環境の事前調査も行えたため、いくつかの方策を考えることもできた。


「ウチらの頼みを聞いて欲しいけぇ。ちぃと代表の人らに、集まってもらえねぇかなぁ?」


 大部分の猫人の視線は、いまだに未練がましく黒い神の頭部――ヘルメットに戻ったニャマコに向いていたが、散々遊び倒した自分達の本能的欲求への弱さを恥じてか、素直に会議の場を与えてくれた。


「――分を弁えずに、神のカシラを転がし回し戯れた事、尊い御身を嗅ぎまわした事、どうかお許し願いたい」


 集落広場に集まった7人の代表達は、幾分か冷静であり、多少目を泳がせてはいるものの、出来の良い素焼き粘土の椅子を恭しい態度で用意した。

 そして、神への敬意を現しているのか、相撲や剣道の蹲踞のような姿勢で並んでいる。


「うん。匂い嗅がれた時は、流石にどうしようかと思ったけど、手を出されたわけじゃないし、本能ならしょうがないよね」


 生物種や内分泌の状態などで本能的欲求の発露は変わるが、今回、猫人達のそれは、彼ら自身に大きなデメリットをもたらした。

 しかし、大事にまで至らなかったのは、不幸中の幸いであったのかもしれない。


 もしも、管理対象の心情を慮る事を良しとしない管理者であれば、命は奪わないまでも、強い対応に出たかもしれない。

 管理者の職域において、生物に対する細かい線引きは存在しない。

 そのため、能力の練度と管理方針によっては、細かい調整の利き難い狩猟に関わる本能的欲求を良しとせず、その根源を恒常的に変質させるような荒技に出ることもある。

 つまり、種族の有り様を、根底から覆されかねない事態であった。


「ワシには、手も足も牙も出ておったがにゃ」


 特に感慨も無く、事実を述べる。

 究極の耐久性能を持つジェルボールのようなニャマコにとっては、思うところも何も無かったのであろう。

 せいぜい感じたとしても、やたら長い挨拶に対する気だるさ程度であろうか。


「……我らの侮りと敬いは、他の種族からは見分け難いと聞きます。決して二方を軽んじた訳では無く、神へは恩寵祈願を、鼠人の守り役には謝意を示すのみです」


 ニャマコボール遊びは、侮りでも敬いでもないであろう。

 しかも、ニャマコを神のパーツとして捉えているのか、人数にすら入っていない。


「いえ、私達も頼みたい事がありますから。恩寵になるか分かんないですけど、困ってる事とかありましたら、なるべく応えるつもりです……主に隣の白姐さんと、頭のニャマコさんが……」


 『感触』から硬さが抜ける気配がないため、その剛健な印象に合わせようと、中途半端な敬語対応になってしまっている。

 しかも、最後の他力本願で、立ち位置が酷く混沌としている。


「感謝します。是非、鼠人達との共生を――」


「あー、悪いけぇが、先に物を渡し合って、『交易』の真似事から始めてみるっちゅうんはどうかなぁ?」


 鼠人達の苦い想いから、というより、おそらく幼い友人の怯えを懸念して、急に距離を縮めさせるのは厳しいと考えたのか、言葉を遮る形で代案を出す。


「物を渡し合う?」


 交易を意味する単語そのものが、存在しないのであろう。

 その手前の言葉から、物々交換という意味に受け取っているようだ。


「んだなぁ。見たところ、ちぃと土がなぁ……前より硬くなっちょるけぇ。たぶん、ここも肥えた奴は深くに潜っちょるけぇ、足りねぇもんを補い合えば、今よりマシになるけぇなぁ」


 あらかじめ、往路で土質を見ており、先ほどの現地調査で確信を得たため、既にこの地のメイン食材が不足している事は推測できているのであろう。


「なんと⁉︎ 深くに潜る……てっきり、我らが獲り過ぎて失せたかと……」


 鼠人達を脅かすほど狩りに入れ込んでいた事に、猫人達自身も気づいていたため、それに対する後悔が深過ぎたのであろう。

 それ以外の理由は、考える事ができなかったのかもしれない。


「いんやぁ、それもあるけぇが、偶々っちゅうんもあるけぇ。この黒姐さんが作った道具でなんとかなるけぇなぁ」


 もしかしたら、この地表の乾燥にも何か特別な、人為的要因があるのかもしれない。

 しかし、一先ずは偶然の不幸を強調して、気落ちした代表達をフォローする。

 この先、新しい変化を迎える事も考えるなら、気持ちの切り替えがしやすい方が望ましい。


「また、肥えヘビが食える……」


 現状、一番大きく気持ちに関わるであろう食材。

 その期待は、文字通り食いつきを促す。

 唾液を飲み込む音が聞こえる。

 ライの話へも、意識がより強く向かう。


「んだけぇ、そん代わりにイモをなぁ、ちぃと持って来て欲しいけぇ。今なら、塩虫も付けとくけぇなぁ」


 まるで営業トークのように、具体的なコストをぼかしつつ、メリットを後乗せで被せる。

 しかし、明示するほどのデメリットは無いのであろう。

 平凡かつちょうど良い、優位性と信頼度に頼った交渉である。


「おぉ、ありがたい。お気づきのようですが、我らの気性の問題で、塩虫は見なくなって久しいのです……」


 自らの不徳を晒す事で、喜びの度合いを伝える。


「黒姐さんのカシラ、ニャマコ兄さんを転がすくらいやけぇ、あんな動き回る虫に我慢できねぇのも分かるけぇ」


 どうやら、塩虫というのは活発な生き物らしい。

 一瞬黒い神がピクリと反応するが、『動き回る虫』に思うところでもあるのか。


「鼠人が去ってから、イモばかりで……大変ありがたい」


 とりあえず、鼠人への期待を示すようにその名を出しつつ、ライの気遣いへ謙譲混じりな気持ちを返す。


「んでなぁ、さっきの『交易』の話やけぇが……ニャマコ兄さん、前のアレ、頼むけぇ」


 とりあえず、イモの獲得は問題なさそうであるため、単純な物々交換を超えた交易について提案を出してみる事にしたらしい。


「プランBだね」


 プランBと言っても、別に『存在しない次善策』でも、爆破作戦でもない。


 ここまでの道中とニャマコ囮作戦中に、白黒が考えたいくつかの方策、その内の一つである。


 ちなみに、プランAは、塩漬けウナギとイモの交換のみ。

 Cは、能力を用いてメリット追加。

 Dは、長期間の交流で信頼を築きながら、『黒くて薄い宗教』の布教。

 Eは、『白くて暖かい宗教』の布教。

 Zは、モンスターによる威圧外交だが、これを選択せざるを得ない状況は、そもそも前提段階にイモどころではない何かがある。


「なるほどにゃ。地下のアレを活かすのかにゃ? 精度が荒いままで良ければ、投射するにゃ」


 バルーンのように、震えながら浮かぶ黒い球体を生成するニャマコ。

 球体からは、風が感じられる。

 神秘的なそれに投射されたのは、例のモンスター徘徊ダンジョンの光景であった。


 猫人の匂い嗅ぎは、直感的に『好きなモノ』を区別する本能的な力。

 黒い神が、『イイ感じのするモノ』を『感触』で捉えるようなニュアンスに近い。

 黒い神であれば、感情のバランスが良い精神性や、不具合の少ない機械の動きなどに『イイ感じ』を受ける。

 猫人の方は良く分からないが、何か強い魅力を感じていたようである。

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