2-3上 地理――ライの同期
ありがとうございます。
そろそろ、黒い神達が到着する頃か。
目的地の手前は、粘土沼の潤いが増しているのか、速度は落ちているようだが。
ギアを緩めるついでに、周辺地理について話しているようだ。
「そっか、思ったより近かったんだね」
「うむ。ちょうどここから真っ直ぐイモの産地を超えた先に、あのスノードーム集落があるはずにゃ」
この星にいくらか土地勘を持つライとのやり取りで知ったらしい。
おおまかな、相対的な位置関係の共有を図っているという事か。
「スノードームかー。もう、神社できたのかな?」
「いや……あくまで、あれは象徴――アイコンのようなモノだからにゃ。神社とは限らんにゃ」
ちなみに、スノードーム集落とは、マッチョに襲われる恐怖の中で生み出した、虹色のスノードームを神宝とした信仰地域、という扱いになっている集落である。
その寓話的縮図を示すバーチャル街道――通称ホームの建造物に、黒い神が名付けた名称は『インテリアマスコット神社』という痛ましいもの。
この居た堪れないサブカルチャー遺産を中心とした地域には、切ない神話が隠れ根付く。
いや、根付いてはいないか。
「でも神社より、ニャマコに耳毛生えたのがインパクトあったかも」
「思い出したく無いにゃ」
耳毛はともかく、世界の縮図を示すホーム空間には、はっきりと明確に象徴化されているため、未来における『管理区域に対する影響力が約束された地域』という意味では、『約束の地』でもある。
そして、ニャマコの予想では、現地のヒト種がただのオモチャ――神宝を守るために、定住と共に農耕社会へ移行してゆく地域らしい。
「あ、もしかして……神社が縮図のアイコンって事は、距離が近い枝道って実際の距離も近いのかな?」
二本目の枝道の出口、鼠人集落の地下空間からここまでに費やした時間は、『ユニサス』で約半日。
『インテリアマスコット神社』まで同じような距離であれば、管理区域全体から見たなら、極めて近いと言える。
「うむ。ホーム内の位置と出口の位置が、微妙に関係しておるのは確認済みにゃ」
『上司』から、詳細は教えてもらえなかったホーム空間の実体。
これまた具体性の無い話からは、どうにもつかみ辛い。
「微妙になんだ……ん、そういえば、この前はどうやって帰ったの?」
前回は、酸欠解消のために行った変質により、疲れ果てて眠ったままの帰還であった。
「ワシが食ったのにゃ」
「うん。ちょっと何言ってるか分かんない」
私も良く分からないが、説明が面倒になってしまったのであろうか。
「……いや、ワシも良く分からんのにゃ。マニュアルに書いてあったのにゃ」
「えぇー……」
「ワシが調べた範囲なら話せるが……」
「聞きたいかも」
「ふむ……長い話をすると、お主はすぐに寝るからにゃ」
「大丈夫。それはそれで気持ちイイから」
「殴るにゃ」
「白姐ー。ニャマコがいじめるー」
「黒姐はイイ子やけぇ、ちゃんと話が聞ける子やけぇ、一緒に聞こうなぁ」
「あい」
「……なんなんにゃ」
「それじゃ教授。説明をお願いします」
「……まず、ホームのシステムが存在する空間は、この世界とは異なる素粒子でできておるのにゃ。世界とその空間、双方の素粒子が干渉――つまり、相互にやり取りするには、また別の素粒子の仲立ちが必要なのにゃ」
「うん。良く分かんないけど、うん」
「……ホームに入るには、ホームのシステムに接続する権利を持つモノを構成する物質、その物質を構成する素粒子を仲立ち素粒子に変質させて、システムとの接続準備を整える必要があるのにゃ」
「えっと……仲立ち素粒子に変わるって事は、半透明の幽霊みたいな?」
「幽霊の構成は知らんが、一時的に可視光線が通り抜けやすくはなるかもにゃ」
「すけすけー」
「……ちなみに、変質させる時にワシの中におらんと、体を変質させてから脳を変質させるから、一瞬、激痛が走るはずにゃ」
「うぇ……マジかー」
「あと、ワシら以外は、ワシとお主、両方と同期しなければ、変質させても空気しか無い暗闇を漂うだけにゃ」
「あ、それはなんとなく分かるかも。仮想現実で知覚させてるシステムの、接続認証って事だよね?」
「うむ。接続認証が通れば、ワシ以外は何でも、ホーム側の素粒子に変えられてから、接続されるのにゃ」
「ん? ニャマコ以外って、どういう事?」
「ワシだけは、仲立ち素粒子のまま接続されるという事だにゃ。イメージ的には、霧や雲のように管理区域全体に広げられて、仲立ち機能に使われてしまうのにゃ」
「あ、そっか……仲立ちが無いと、ただの夢になっちゃうし、移動もできないのか」
「うむ。枝道を通ると、ワシを介して移動するという事だにゃ」
「ん? ニャマコに食べられて、中を通って出るなら……ウンコだね」
漠然としたイメージの概要は掴んだものの、フランクな表現になったようだ。
「うむ。説明した労力をスルーされた感じがして、わりとムカつくにゃ」
最近のニャマコは、日本語の扱いに慣れたのか、感情表現が豊かになってきている。
「なるほどなぁ。ニャマコ兄さんが貝の殻で、黒姐さんが貝の身になっちょる、カタツムリなんやなぁ。殻が薄く広がっちょったら、分体は好きなとこ出せるけぇ」
少し困り顔で、優しく微笑みを浮かべる。
「平べったい貝殻から、白姐がニョッキ。おっきいニャマコから、発射する私……おぉ……いぇあー」
平たい貝殻からライが出て来るより、ニャマコのゲルボディから黒いのが飛び出してくる方が、シュールさをより際立たせる。
「白い方の表現が好みだにゃ。黒いの無しでもやっていけそうにゃ」
ニャマコの機能にも、黒い神の目線にも、どちらにも合わせる万能カタツムリの需要は高いようだ。
「ニャマコベッドが家なのに……捨てられたら泣いちゃう」
ニャマコベッドは、ヒキニート的な観点から見て、実に優れた自宅であろう。
「ホームで寝ておれば良いのにゃ」
「ナメクジになっちゃう。ナメクジが街道走っちゃう」
「元気な貝やなぁ」
スッと差し出される、調理済みに見える巻貝。
「美味しそう」
「ホームに共生を許すなら、殻はワシによこすのにゃ」
分体を使った同期という事か。
「味つけて、焼いちょるけぇ」
本体から、調味用成分を吸収し、急激な吸収時の摩擦熱を利用して、擬似的な調理を行なったようだ。
見た目は、ワインのツマミに合いそうなエスカルゴになっている。
「ん、いただきまーす……って、自分で自分を料理したのを、目の前で見られながら食べるって……なんなんだよ、だね」
より新しい地産地消の形であろうか。
ある意味、贅沢なオヤツなのかもしれない。
「あ、おいしい! ほどよい塩加減だね。はい、殻はニャマコの口に、あーん」
相変わらず聖女のような微笑みで、自らが食べられる光景を見届けるライ。
「……ゴミを食わされておる気分だにゃ」
貝殻を口に入れると、結合を借りて自らに同化する。
これで、ホームへの帰還にライも同行できるはずである。
この世界には、カタツムリやナメクジのような陸貝も居るらしい。
正しく陸貝とは呼べないのかもしれないが、形は似ているとの事。




