2-2 猫人――本能的な何か
表現微修正……2019/01/09
チンアナゴの群れの先、特に変わり映えしない道行きであったため、向かう先の集落でも眺めてみよう。
「――鼠神の祟り、鼠人の怨み……そのような言い訳ができるなら、まだ救われる」
この集落の代表集団であろうか。
一際大きなドームに円座して語り合うのは、猫科を思わせる身体的特徴に野性味を感じさせる、老若男女のヒト種達。
雄々しい顔立ちをした、壮年と思わしき男性の声は重苦しい。
その頰より伸びた猫ヒゲは、随分とその顔相に似合わない、何かに辟易とした思いを抱えて垂れ下がっていた。
「塩虫は、もう一匹も残ってねぇ」
目元に疲れを滲ませた青年。
若々しく荒々しい声色ながら、その表情は老け込んで見える。
「イモしか食べてないから、元気出ないよ」
まだ幼さを残した顔立ちと、女性らしい曲線的なシルエットを持ちながらも、悲嘆に沈んだ表情で、貧相な空気を纏っている。
「虫を飼えば叩き潰し、獲れるのは痩せた細ヘビ、味気ねぇイモをしゃぶって……この台詞、前にもやったな。何度語っても情けねぇが……まぁ、とにかくだ。鼠が挨拶代わりに寄越した塩虫、あれがどれほどありがたい物か、気づけたのは良かったな」
青年が、無頼にあぐらの片膝を崩したような姿勢で半笑いを見せるが、語りの終いには項垂れる。
「その台詞も前に聞いたぞ。あぁ……ついでに、この台詞も付け足してやろう……この膨らんだ手では、耳無しらのように道具を作るのも叶わん。道具と交換できる価値あるモノも無い。不足だらけの猫人を、補うモノは何も無い。あとは……なんだったかな?」
老人が、淡々と無表情に語る。
鼠人のものと比べると大きいが、いくらか歪なドーム家屋の中。
集まった猫人達の吸い込む空気は、湿地帯の湿気以上に淀み篭ってゆく。
淀みから目を逸らすように、窓穴から外を眺める一人が、静かに呟き出す。
「我らが持つのは、藻を食うヘビには劣る、沼渡りの速さと……」
極太ウナギでも、肉食チンアナゴでもない――この種族にとっては全てヘビと一括りのようだが――移動速度に秀でた生物なのであろう。
「箱を引く四つ足には劣る体力と……」
四足歩行の脚を持つ生物も、この辺りには居るようだ。
おそらく、輓獣のような持久力を持つのであろう。
しかし、ヒト種がそのような生物の体力に及ばない事を、嘆いたところで何も始まらない。
「道具を作る耳無しには劣る、考える力と……」
耳無しというのが、いわゆる獣の因子を持たないヒト種の事であるのか、本当に耳という器官を持たないのかは不明だが、おそらく、器用さや発想力に秀でているのであろう。
「そして何より、鼠人を始め、多くの種族に劣る忍耐。つまり……」
おもむろに放り投げた骨片が、ころころと集団の中央に転がる。
「…………」
静けさに満たされた中、唐突に猫人達の脚に力がこもり、それぞれ座する姿勢からしゃがみ立ちの姿勢に移行。
手指には、長く曲線を描く爪が伸びる。
逆らえない衝動に抗うように、誰もが眉間に皺を寄せて、しかし、ジリジリとにじり出す足先。
何秒か、何十秒か、固まった硬い粘土床に、足指を擦り付ける音が続く。
その音が一瞬、一斉に途切れると、硬い何かが叩きつけられるような、淀んでいた空気を震わせる渇いた音と共に、押し留められていた時間は動きだす。
「……あぁ」
実際は『あぁ』ではなく、『ゔんにゃぁ』というようなくぐもった鳴き声でしか無かったが、意訳変換では、このような溜息混じりの声になっていた。
まだ若さの残る、他の者より色濃い獣性を残した、自前の茶褐色の毛皮に包まれた女性の手は、丸い中指の先の爪に、骨片の芯をしっかりと捕らえていた。
全員ほぼ同時に、先程まで緊張させ続けていた首と手足の筋から力を抜き、項垂れるようにどさりと腰を落とす。
「……つまり、そういうことだ」
肉体的、及び本能的特徴とは、突出した才能を伴えば伴うほど、環境と状況によっては、著しい深刻さをもたらすのかもしれない。
「……鼠人達が滅んでいなければ良いが、望みは薄いかもしれん」
始めに鼠神の祟りやら、鼠人の怨みやらと語っていた男が、期待を僅かに、諦めを大半に含ませた声音で呟く。
猫人の、堪え性の無さを補う事ができるのは、鼠人しか思い当たらないのであろう。
以前は、おそらく近い距離感で、多少なり良好な交流があった経験から、期待が捨てきれないのだと思われる。
「ライと呼ばれていた盲目の流れ人は、鼠人の向かった先を『行き止まり』と言っていたな」
盲目と言われているが、実際のところライの目は、元々視覚器官を持たない生物種なだけである。
目を持つようになった今も、意識的に開こうとしなければ滅多に開かないため、知られていないのであろう。
ちなみに、ここで言う『行き止まり』とは、先の方角に進んでも期待するモノが見込めない、つまり鼠人が移住可能な最低限の環境を考えた時、それ以上先に向かうのは難しい、という意味であろう。
「彼女は鼠の守り役になったと聞いている。引き返すなら必ずここに来る。つまり、まだ鼠は無事という事だ」
守り役であれば、マズイ事態に陥る前に形振り構わず引き返して、別の移住地を探るなどするのでは、という事か。
ライ本人は、猫人を避けているわけでもないため、迂回するまでもなくこの地を訪ねて情報を得ようと、助力を得ようとするはず、という考えのようだ。
まだ見かけない以上、鼠人達も無事である可能性が高いと見ているらしい。
「だが、今更イモと細ヘビだけ持って、帰って来てくれと言ったところで……」
細ヘビの肉は分からないが、イモの方は十分な交渉材料になり得るであろう。
黒い神達の仲介が無ければ少し怪しいが、可能性はある。
しかし、期待より諦念が先立ってしまうのかもしれない。
交流のあった当時、たまたま狩猟に勢い付いていたのか。
それとも、永い年月少しづつ何かを燻らせ続けてきた結果か。
何が理由であれ、自分達の過失が鼠人達を脅かしてしまった後悔が、重しになっているのであろう。
「肥えヘビを、堪えも無く狩り尽くした我らの醜態を……忍耐を支えにする彼らなら、許してくれるか?」
肥えヘビというのが例の極太ウナギであろうか、それを勢いに任せて乱獲してしまったようだ。
鼠人は、豊かさを得る闘争ではなく、ひもじくとも逃走を選ぶ性向が強いためか、過酷な環境への耐性、適応力を高め得た。
その在り様に、自分達には見られない強靭な忍耐力を認めたようだ。
「それとも、かつての同胞に服従を強要して、一時の豊かさを求めるか?」
気づかぬうちに不足を補ってくれていた、心穏やかな隣人を暴力により支配する。
そのような不義理に過ぎる方策は、そもそも統治する土壌など無いため、一過性過ぎて現実的では無いのであろう。
理性的にそう考えられる程度には、知能は持ち得ている自負もあろう。
それに驕りはしたが、そこまで短絡的に堕ちるほどの覚悟も無いようで、やはり半笑いを挟みながら嘯くだけであった。
「耳無しから盗んで隠れ住むか? 一当たりして砕けるか?」
交流が薄い相手からなら、力づくで奪う心理的な枷も緩いのかもしれない。
しかし、耳無しと呼ばれる者達に勝てるとも思っていないようだ。
望ましくないイメージが脳裏に浮かんだのか、審議に臨む前から諦めた様子である。
「…………」
天井を見つめる者、窓の外を眺める者、片手で顔を洗う仕草で寛ぎ始める者、視線をキョロキョロと落ち着かなくさせる者と、室内は静かに無言だが、動きは様々。
「……イモ畑の世話でもしてくるか」
「私も……」
「俺も……」
「愚痴の中身も、ここしばらく変わらねぇな。いい加減飽きた」
「よし、今日も結論は保留だ!」
次々とドームを後にする、実りの無い会議への参加者達の足取りは、意外な事に先程までの空気とは大きく異なり、随分と軽いものであった。
「…………」
黙したまま、一言も発しなかった一際老いた猫人は、そばに転がった骨片を見つめる。
そして、ゆっくりと立ち上がりながら、それを手に取り目前にかざした。
しばらく眺めてから、鼻を突き出すように近づけると――、
「……ふっ」
おもむろに、匂いを嗅ぎだした。
「歳はとっても、心根は変わらんのぅ」
基本的に彼らは飽き性で、気ままな気性であるようだ。
集まっても、お互いに目を合わせる事は滅多に無い猫人。
あまり目を注視するのは、失礼な態度に見られる。




