不器用な恋02
「佐藤朱美 25歳。KCMデザイン事務所 インテリアデザイナーです。」
「よろしくお願いします。」
元気よく、名刺を差し出した。私も、
「これからは、佐藤が打ち合わせに参加いたします。よろしくお願いします。」
と、頭を下げた。中沢は、少し怪訝そうな顔をしたが、
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「三島さん、三島さんがメインで仕事をしてくださることには変わりないですよね。」
「はい、デザインの仕事は、私がさせていただきますが、打ち合わせのスケジュール調整や事務的な話は佐藤にやってもらおうと思いますので、ご連絡は佐藤にお願いいたします。」
次の仕事も順調に滑り出した。一抹の寂しさはあるが、心乱れることもなく仕事に専念できている。たまに、朱ちゃんが、
「中沢さん、かっこいいですよね。今度、飲みに誘ってみようかな。」
なんて、うれしそうに余計なことまで報告してくることは、鬱陶しいが、二人がくっついてしまえば、それはそれで諦めがついて好都合だと自分を騙していた。
今日は、仕事が乗って、かなり遅くまでかかってしまって気づくと12時を回っていた。終電に乗り遅れると慌てて事務所を飛び出すと、事務所の1階にあるショールームを通りの歩道から見ている中沢がいた。私に気付いて、笑いかけている。少し戸惑いがあるように見えるのは気のせいだろうか。
「このソファー良いですね。このソファー、欲しいなあ。三島さんのデザインですよね。」
声をかけられて、避けることもできないので近づきながら、冗談めかして言った。
「はい。高いですよ。でも、独身の人には、もったいないかな」
「高くても、その価値はありますよ。大切に使って、結婚して二人で、そして子供と座っている自分を想像しただけで楽しくなります。良いものは良いんです。」
ほめられて、うれしくないことはないが、中沢が私ではない他の女性と二人並んで、ソファーに座っているところを想像して、きりきりと胸が痛んでくる。泣きそうな顔を必死でごまかしながら、ガラス越しのそのソファーをながめていると、
「僕、何か失礼なことしましたか?」
唐突に聞かれ、なんて答えればよいか黙っていると、
「竣工パーティーの後から、僕と三島さんとの温度差を感じています。僕は、もっと三島さんと仕事の話ができると意気込んでいたのに、三島さんは、少し、距離を置いているような気がして。もちろん、現在、仕事に支障をきたしているわけではありません。佐藤さんも、きちんと対応してくれています。でも、なぜか、三島さんとの距離がどんどん、離れて行っているような気がして…… 仕事のパートナーとしてこんなこと言うのはおかしいと思うんですけど、寂しいです。ときどき、ここへ立って、三島さんのソファーを見ています。三島さんが打ち合わせに来なかったときなんか、そうとう、へこんで、夜、このソファーに愚痴を言ってました。」
と、苦笑いしている。
「だから、まさか、三島さんに会えるなんて。今日は、ハッピーだなあ。」
「中沢さん、酔ってますね。三十路の女に、不用意に寂しいなんて言うのはいけませんよ。」
「あらぬ期待をしちゃうかもしれません。酔っていても、罪ですよ。」
出来るだけ、ひょうきんに言ったつもりだけど、声が震えていることはごまかしようがない。
「さあ、タクシー拾いましょうね。」
車道のほうへ歩き出して、腕をつかまれじっと顔を覗き込んでくる。
「三島さん、本当の理由は何ですか?」
「塚原が叔父と言ったからですか?」
もう、何も言葉が出ない。塚原が叔父であるだけで言っているのではないのだろう。私が、彼の恋人だったことも知っているのだろう。いや、恋人と思っていたのは私だけだ。遊ばれただけの女だ。そして捨てられたことも。恥ずかしい。悲しい。そして、歯がゆい。改めて気づかされた。私は、中沢を愛してしまっているようだ。それなのに、中沢の叔父である塚原の女だったことを知られてしまっている。
何か、中沢が言っている。
「えっ?」
「何?」
「でも、もう、何も聞きたくない!」
中沢の手を強く振りはらって、走り出した。点滅する横断歩道を渡り、そのまま、タクシーに乗った。
その後の打ち合わせには、なぜか中沢は来なかった。井出から、新しい担当を紹介され、ほっと胸をなでおろしていたが、担当が変わっただけだ。いつ、また、中沢ともう一度組むことも考えられる。これからの仕事をやっていける自信がなかった。
取り合えず、加山に迷惑はかけられない。今回の仕事だけは、きちんと終わらせたい。そう、加山には言って、辞表を提出すると、
「さやか、辞表じゃなく、ニューヨークに新しく店を出したいと思っていたから、少しの間、あっちで頑張ってくれない。」
加山の申し出はありがたく、その言葉に甘えて、渡米することになった。そう決まると今まで以上に頑張って、朱美を育て、自分の穴を埋めてもらえるようにしておかないと。
「朱ちゃん、泣いても駄目よ。きびしく使い物になるように鍛えるから。」
「えー! 渡米は、もう少し伸ばしてくださーい。」
それから、何も考えないように仕事に集中した。朱美に、たくさん教えなければならなかった。朱美は、良くついてきてくれたと思う。そうやって無事、今回のプロジェクトも終りに近づいてきた。今後のことを朱美に引き継ぐために事務的な整理をしていたら、気が付くと終電近くになっていた。
あわてて事務所を出ようと階段を下りると、1階のショールームの展示を変えるために、作業をしていた。あの時のソファーも変わっていることに気付いて、胸がチクリと痛い。中沢と会えない寂しさが胸にひろがっていることを持て余している自分がいたのだ。
「どうしようもないわね。私。」
1か月後、私は今、ケネディ国際空港にいる。
- 日本での思い出を全部捨てて、生まれ変わりたい! -
誰も知り合いのいないこのアメリカで、やって行けるのかとくじけそうになる気持ちを奮い立たせていた。
空港まで、KCMのニューヨーク事務所の為の先発隊として半年前から頑張っている社員が迎えに来てくれることになっていた。道が混んでいるのか、まだのようできょろきょろしている私の目に、中沢の姿が飛び込んできた。くるっと、背を向けて、独り言を言う。
「あー、私どうかしてるわ、会いたいと思ってばかりいるから、幻まで見えちゃうのね。」
そして、自分の頬をつねって、
「だめよ。だめ!」
と、言っている私を振り向かせて、中沢が言った。
「三島さん、ようこそ、ニューヨークへ!」
「まだまだ規模の小さい、KCMデザイン事務所ニューヨーク支店です。」
「二人で、頑張っていきましょう!」
そう言うと、私のスーツケースをもって、にっこりと笑っている。言葉が出ずに、棒立ちになっている私に、
「そして、これ、ボスの手紙です。」
あわてて開いた加山の手紙には、
「さやか、塚原のいないニューヨークで、本当の自分と、嘘のない中沢君と向き合ってみなさい。」
「でも、仕事はちゃんとやってよ!」
「加山さん~(泣)」
最後まで、お読みいただきまして ありがとうございました。
よろしければ、「不器用な恋」の朗読をお聞きいただけませんか?
涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第19回不器用な恋 と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。




