エピローグ 新年の乾杯! スパイスたっぷり、アスカ流ホットワイン!
エピローグ 新年の乾杯! スパイスたっぷり、アスカ流ホットワイン!
――新年、あけましておめでとうございます!
胃腸町に、新しい年がやってきた。
昨夜の大晦日には、無糖の豆乳スパイスチャイを囲み、みんなで笑い合った。
効率至上主義の黒咲ノエルも、採点男の黒咲厳も、それぞれの「おいしい」を大切にすることを学んだ。
そして元日の朝。
長谷川アスカは、台所で腕を組んでいた。
「……さて」
目の前には、赤ワイン。
そして、シナモン、クローブ、スターアニス。
さらに、オレンジ。
生姜も、ちょっとだけ。
アスカは材料を眺め、にやりと笑った。
「お正月だもの。今日は、ちょっと大人の飲み物でいきましょう!」
鍋に赤ワインを注ぐ。
スパイスを加え、オレンジを入れる。
香りが立つまで、沸騰させないように、ゆっくり温める。
すると――。
ふわぁ……。
シナモンの甘く温かな香り。
クローブの、少し刺激的な香り。
スターアニスの、どこか異国を思わせる香り。
そして、オレンジの爽やかな香りが、台所いっぱいに広がった。
「うわあ……いい香り!」
アスカは思わず、目を細めた。
料理は嫌い。
面倒なことは、できるだけしたくない。
でも。
こういう、好きな香りに包まれる時間は、悪くない。
「よし! 新年のメシア、完成!」
アスカは鍋を持ち上げ――ようとして、すぐに置いた。
「……いや、危ない危ない。熱いものは、ちゃんと気をつけないとね」
自分で自分にツッコミを入れながら、カップを用意した。
## 一 新年早々、採点男がやってきた!
「アスカさーん!」
玄関から聞こえてきたのは、ノエルの声だった。
「明けましておめでとうございます!」
「はいはい、おめでとう! 入って入って!」
ノエルの後ろには、兄の厳もいる。
そして、紫色の扇子を手にしたロズマリンさんまで、優雅にやってきた。
「新年早々、おいしそうな香りが漂っていますね」
「ふふふ。今日は、私からみんなへのお年賀よ!」
アスカは、湯気の立つカップを並べた。
「スパイスたっぷりの、ホットワイン!」
「ホットワイン?」
ノエルが目を輝かせる。
「赤ワインをスパイスや果物と一緒に温めた飲み物よ。今日は砂糖を入れず、オレンジの香りを生かしてみたの」
「なるほど。材料の組み合わせによって、香りの違いが楽しめそうですね」
「……ノエル?」
「はい?」
「今日は、分析する前に飲んでみたら?」
「……そうでした」
ノエルは苦笑した。
厳は、カップを受け取りながら言った。
「酒か。では、俺は香りを楽しませてもらおう」
「ええ。お酒が飲めない人や飲まない人には、別の飲み物も用意してあるわよ!」
アスカは、温かいスパイスティーもテーブルに置いた。
誰かに無理をさせない。
飲みたい人はホットワインを。
飲まない人は、お茶を。
それぞれ好きなものを選べばいい。
ロズマリンさんは、満足げにうなずいた。
「すばらしいですね。新年最初の食卓から、みなさんの好みが尊重されています」
「でしょ? 私、成長したのよ!」
「料理の腕が上がったということでしょうか?」
「そこは聞かないで!」
部屋に、笑い声が広がった。
## 二 効率では測れない、新年の香り
ノエルは、カップを両手で持った。
立ち上る香りを楽しみ、ひと口飲む。
「……おいしい」
思わず、声が漏れた。
ワインの風味に、スパイスの香り。
オレンジの爽やかさが加わり、ひと口ごとに違った印象がある。
ノエルは、もうひと口飲んだ。
「アスカさん。これ、スパイスの配合は毎回変えているんですか?」
「うん。今日はシナモンを多めにしたの。気分によって変えるのも楽しいじゃない?」
「なるほど……」
ノエルは、しばらく考えた。
「レシピを固定すれば、毎回同じ味を再現できます。でも、少しずつ変えてみる楽しさもあるんですね」
「そうそう!」
「効率だけを考えるなら、決まった配合を使うほうが簡単です。でも、今日はどんな味にしようかと考える時間も、楽しみの一つなのかもしれません」
アスカは、にっこり笑った。
「そういうこと!」
厳も、カップを手にしたままうなずいた。
「食事には、準備する時間も、食べる時間も、楽しむ時間もある。それぞれに意味があるということだな」
「兄さんまで、ずいぶん深いことを言いますね」
「お前に言われたくない!」
また、みんなが笑った。
ロズマリンさんは、紫色の扇子を広げた。
「食事というものは、不思議ですね。同じものを食べても、同じものを飲んでも、誰かと一緒に味わうことで、思い出まで生まれるのですから」
アスカは、カップをそっと持ち上げた。
「そうよ。おいしいものを食べたら、誰かに話したくなることもあるじゃない?」
ノエルは、静かにうなずいた。
昨年までの自分なら、ホットワインの材料費や調理時間を考えていただろう。
それも、決して悪いことではない。
でも今は、目の前の香りを楽しんでいる。
隣で笑っている兄を見ている。
アスカのツッコミに、思わず吹き出している。
その時間を、急いで終わらせたいとは思わなかった。
## 三 今年も、楽しく食べましょう!
「さて!」
アスカは、カップを持ち上げた。
「新年の目標を発表します!」
「目標?」
ノエルが聞き返す。
「そう! 今年は、もっとおいしいものを食べる!」
「……それだけですか?」
「それだけよ!」
アスカは、胸を張った。
「おいしいものを食べて、楽しく過ごして、面倒なことはなるべく省く! 最高じゃない!」
「非常にアスカさんらしい目標ですね」
「でしょ?」
厳は、腕を組んだ。
「俺の目標は、食事の点数だけで判断しないことだな」
「おおっ!」
アスカが拍手する。
ノエルも続いた。
「僕は、効率を大切にしながらも、自分と違う食事の楽しみ方を尊重することにします」
ロズマリンさんは、優雅に微笑んだ。
「私は、みなさんが自分の『おいしい』を見失わないよう、今年も胃腸町を見守りましょう」
「よーし!」
アスカは、みんなを見回した。
「それじゃあ、新年の乾杯!」
ホットワインのカップが、軽やかに触れ合う。
飲まない人のスパイスティーも、そこに加わった。
「今年もよろしく!」
「よろしくお願いします!」
「おいしいもの、いっぱい食べましょう!」
明るい声が、部屋いっぱいに響いた。
そのとき。
ノエルが、ふと口を開いた。
「ところで、アスカさん」
「なに?」
「このホットワイン、来年も作りますか?」
「……は?」
「気に入ったので、来年も飲めたらと思いまして」
アスカは、しばらくノエルを見つめた。
そして、にやりと笑った。
「来年まで待たなくてもいいわよ。寒い日に、また作ればいいんだから!」
「なるほど!」
「ただし!」
アスカは、ノエルを指さした。
「ブレンダーを回すときは、事前にひとこと言いなさい! こっちの静かな時間が、台無しになるんだから!」
「……そこは効率化できませんか?」
「できるかーーーっ!」
胃腸町に、笑い声が響き渡った。
新しい年が始まった。
今年もきっと、いろいろなことがあるだろう。
忙しい日もある。
食事を簡単に済ませたい日もある。
誰かと同じものを食べたくない日だって、あるかもしれない。
それでもいい。
自分に合った方法で食べる。
好きなものを楽しむ。
そして、ときには誰かと「おいしいね」と笑い合う。
食事は、身体を支えるためだけのものではない。
人を笑顔にし、思い出をつくり、明日を楽しみにさせてくれるものでもある。
だから、アスカは今日も言うのだ。
「食事は、楽しくないと!」
その声に、みんなが笑顔でうなずいた。
――今年も、いただきます。
そして。
今年も、きっと。
おいしいね!




