第5話 工場で、子どもたちを連れ出してしまった
廃工場の正面。
大きな音を立てて、扉が吹き飛んだ。
「子どもたちを返せ!」
ガルニエが工場へ踏み込む。
「なんだ、てめぇ!」
一家の男が斬りかかった。
ガルニエは避けず、大斧の柄を立てて刃を受け止める。
ガキィン!
男の体勢が崩れた。
その瞬間、ガルニエが斧を横薙ぎに振る。
「ぐえっ!」
男が武器ごと弾き飛ばされ、床を転がった。
別の男が襲いかかる。
ガルニエが斧を振り上げた、そのとき。
――ヒュンッ!
背後から光が走った。
ガルニエが横へ飛ぶ。
ドンッ!
魔法弾が、ガルニエのいた床板を砕いた。
「チッ!」
遠くの構成員が、さらに魔力を集める。
「死ね!」
魔力が膨れ上がる。
だが、その男の背後に、いつの間にかフェリックスが立っていた。
「……遅い」
一閃。
「ぐふっ……!」
男の魔法が霧散し、そのまま膝から崩れ落ちた。
フェリックスが刀を振り、血を振り払った。
「相変わらず、隙だらけだな。」
「……お前か。」
ガルニエが振り返る。
「……気づいていた。」
「そうかい。」
「……本当だぞ。」
「はいはい。」
ガルニエが大斧を構える。フェリックスも刀を構え直した。
そのまま、二人は同時に敵陣へ踏み込む。
「来るぞ!」
「囲め!」
ガルニエが正面から敵を押し込み、男たちが後退する。
その横をフェリックスが駆け抜け、斬りかかる。
敵がフェリックスを追えば、ガルニエの斧が迫る。
ガルニエを避ければ、フェリックスの刀が待っている。
逃げようとする相手の進路を、二人が自然に塞いでいく。
言葉を交わす必要はなかった。二人は互いの動きを理解している。
二人は互いの動きを合わせながら、敵陣を崩していった。
◇
俺と少女は、声のした部屋の前まで来ていた。
古びた扉が目の前にある。
「……この中か。」
少女が頷く。
俺は扉に手をかけ、そのまま開いた。
部屋の中は暗かった。
「誰かいるか?」
「ここ……!」
奥から声が返ってくる。
俺は声の方へ進んだ。暗闇の奥に、小さな影が二つ見えた。
「……いた。」
少女が呟く。
そこには、子どもたちがいた。
「……あいつらも捕まってたんだ。」
少女が驚いたように呟く。
そこにいたのは、同じ場所で暮らしている子どもたちだった。
特別仲が良いわけじゃない。それでも、顔くらいは知っている。
少女が近づいた。
「大丈夫?」
「……うん」
「怪我は?」
「ない……」
少女がほっと息を吐く。
「立てるか?」
俺が声をかける。子どもたちが頷いた。
「じゃあ、行こう。」
俺たちは部屋を出た。
◇
工場の別の場所。
構成員たちが走っていた。
「いたか?」
「まだだ!」
「奥を探せ!」
少女を助けた人間が、まだどこかにいる。もしかしたら他のガキ共もいるかもしれない。
そう考えて、工場内を探し回っていた。
「……声?」
男が足を止めた。
廊下の先から、子どもの声が聞こえる。
「誰かいるぞ!」
男が走り出した。
◇
その頃。
工場の正面から入ったガルニエとフェリックスは、敵を押し退けながら奥へ進んでいた。
「お前は、力任せすぎる。」
「なら、お前が探せ。」
「言われなくてもそうしている。」
次の瞬間、背後から敵が飛びかかる。
ガルニエが大斧を薙ぎ払う。男は壁に叩きつけられる。
フェリックスは足を止めない。
「……奥へ行くぞ。」
「指図するな。」
◇
「いたぞ!」
暗い廊下から男が飛び出してきた。
「子どもだ! 逃げようとしてやがる!」
「見つかっちゃった!」
少女が叫ぶ。
「走れ!」
俺は子どもの手を取った。
背後から足音が増えていく。
「待ちやがれ!」
「ガキを逃がすな!」
少女が二股に分かれた道へ飛び込む。
「こっち!」
「どっち!?」
「右!」
少女が答えた。
俺は右を見る。
細い。暗い。一人通るのがやっとだ。
「……いや、左!」
「え?!」
「こっちは狭すぎる!」
俺は左へ走った。
(それに、あっちの道…ゴキブリみたいなデカい虫がいた気がしたし…!)
その直後。
右の通路から男たちが飛び出した。
「来たぞ!」
「挟み込め!」
だが、俺たちはもう別の通路へ逃げていた。
「くそっ!」
男たちの怒鳴り声が響く。
◇
少女は走りながら、俺の背中を見ていた。
(……どうして?)
さっきまで迷っていた。
なのに、道が分かれた瞬間、まるで危険な方を知っていたように避けた。
(もしかして、あいつらの位置を把握しているの…?)
◇
「はぁ……はぁ……」
俺は息を切らしていた。
「もう無理……走れない…」
俺たちは、入り組んだ廊下の死角に隠れていた。
(何でこんなことに?!成り行きで子ども助けるって、どういうこと!?)
「いたか!」
「まだ近くにいるはずだ!あっちを探せ!」
(絶対、怒ってんじゃん…!見つかったら、どうなっちゃうんだよ…!)
そのとき、また声が聞こえた。
「……助けて……!」
「嘘だろ……」
「あっち!」
少女が指を差す。
廊下の奥に、古い扉があった。
(もう行くしかないじゃん…!)
俺は扉の前まで行き、扉を引いた。
開かない。
「鍵がかかってるのか…」
背後から足音が近づいてくる。
「まずい!」
俺は扉を見る。
「……そうだ」
ライターを取り出す。
カチッ。
小さな火で蝶番を照らす。
古い木、錆びた金具。
「これなら…!」
俺はそこら辺に落ちていた金属片を差し込み、てこのように力をかけた。
ギギッ。バキッ!
扉が開いた。
「いた!」
小さな子どもが繋がれていた。
「大丈夫?」
俺はしゃがみ込む。
「もう大丈夫だから。」
「……助けに来てくれたの?」
俺は一瞬、言葉に詰まった。
「そうだよ。」
そう答えた。
(そんなわけないじゃん!全然違うんですけど!)
心の中では叫んでいた。
(俺だってもう逃げたいんですけど!)
◇
ガルニエとフェリックスは、工場の奥へ進んでいた。
フェリックスが先を行き、左右の部屋を素早く確認する。
ガルニエは、迫ってくる敵を斧で牽制していた。
「子どもが見つからない…!」
「落ち着け。」
フェリックスが周囲を見回す。
遠くから、一家の構成員の怒声が聞こえた。
「いたぞ!」
「追え!」
ガルニエが顔を上げる。
「近いな」
「ああ」
二人は走り出した。
◇
俺たちは工場の奥から外へ向かっていた。
少女と三人の子どもが、俺の周囲を走っている。
「こっち」
少女が先を走る。
古い建物の脇の崩れかけた壁の隙間を抜ける。
「ここ、通れる。」
少女が先に潜り込む。
俺も子どもたちを連れて続いた。
「急げ!」
後ろから怒号が響く。
「絶対に逃がすな!」
出口が見えた。
「外だ!」
子どもたちが走り出す。
「いたぞ!」
背後から声が響いた。
「ガキを置いていけ!」
「捕まえろ!」
男が武器を振り上げる。
「ひっ!」
俺は反射的に身をすくめた。
――ドガァァァン!!
横の壁が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
巨大な斧が飛び出し、男を吹き飛ばす。
「子どもに手を出すな!」
ガルニエだった。
その横から、フェリックスの刀が閃く。
別の男の武器が弾き飛ばされた。
突然の出来事に、俺の心臓が止まりそうになった。
(また来たぁぁぁぁ!!何でここにいるの?!)
酒場にいた大男。
それに加えて、刀を持った男。
(何か増えてるし!!)
しかも、こっちに向かってくる。
(俺を追ってきたんだ!)
「走れぇぇぇぇ!!」
俺は絶叫した。
子どもたちが走る。俺も全力で逃げる。
後ろでは、ガルニエとフェリックスが追手を止めている。
振り返る余裕なんてない。とにかく走った。
◇
「……行ったな。」
ガルニエが呟く。
遠ざかっていく複数の足音が聞こえる。
「子どもたちは逃げられた。」
「そうだな。」
ガルニエは大斧を構え直した。
「こいつらを止めるぞ」
「ああ。」
二人が同時に踏み込み、目の前の敵を押し返す。
フェリックスは、遠ざかる黒服の背中を横目で見た。
子どもたちと一緒に走っている。
自分たちが正面から乗り込んだ直後に、あの男が子どもたちと現れた。
(まさか、俺たちを陽動に使った……?)
ガルニエが騒ぎを起こしている間に、別の場所から子どもたちを逃がす。
そう考えれば、辻褄は合う。
なぜ、あの男は酒場に姿を現した?
黒服の男の目的は何だ?
そして、なぜこの工場にいる?
まだ何も分からない。
「……妙な男だな。」
◇
ある一室で。
机の上には酒と帳簿。
その横に、紋章が刻まれた封書が置かれていた。
「……取引は?」
「失敗です。」
「ガキ共は?」
「四人とも逃げられました。」
幹部が机を叩く。
「船は?」
「予定通り、出航しました。」
「……商品がないのにか?」
誰も答えられない。
今夜、子どもたちは船で運ばれる予定だった。
取引相手は、内地の中貴族。
貴族との取引が失敗したことは、謝罪だけで済ませられる話ではない。
「誰が邪魔をした?」
構成員の一人が口を開く。
「……黒服の男です」
「黒服?」
「見たことのない男でした。」
「子どもたちを逃がしているのを、うちの者が見ています。」
「あの枷を壊したのも、そいつだと思います。」
「ガルニエ、フェリックスも、あの男と同じ場所にいました。」
幹部が眉をひそめる。そして、長い沈黙の後、低い声で言う。
「……探せ。」
幹部が立ち上がる。
「黒服の男だ。」
◇
俺は路地裏で壁に背を預けていた。
「はぁ……」
周りには、助け出した四人の子ども。みんな疲れ切っている。
俺も限界だった。
「……もう、あんな場所には行きたくない……」
心の底からそう思った。
自分が何をしたのか。この先、何が起きるのか。
俺は何も知らない。
その一方で、スラムの裏社会では、すでに一つの呼び名が生まれていた。
――黒服の男。
正体不明。目的不明。
そして、一家に喧嘩を売った男。
その名はまだ小さな噂にすぎなかった。
だが、夜が明ける頃には、スラムの別の場所にも届いていることだろう。




