恋愛編 2
懸念があろうとペンは止まらなかったようで、サラが下がってからもフローディオは蝋燭の灯りを頼りにうきうきせっせと手紙を書き続けました。
途中で便箋が足りなくなって別の柄のものを足してもまだ足りません。
机の周囲に置かれていた月下美人は一夜のうちに蕾をつけて、大輪の白い花を咲かせます。
朝陽が昇る時間になってやっとできあがった手紙に満足して、机に向かったままこてんと眠ってしまい、サラがやってきたのはその直後でのことでした。
「あらまあ……。」
ノックを繰り返しても返事がないのでそっと扉を開いて、中を覗き見た彼女が思わず唖然としたのも道理だったでしょう。
一年に一度、夜中しか花をつけないはずの月下美人が幾輪と咲いているばかりか、盛りを終えて一段と甘い芳香を放っていたのですから。
何本もの蜜蝋の蝋燭を次いで灯し続けたたせいか、花の香はまったりとした濃厚な空気と混ざり合い、部屋は優しい匂いで満ち満ちておりました。
「フローディオ様? フローディオ様?」
「むにゃ……これ……。」
声をかければ一度は反応がありましたが、手紙の束を渡してきてそれきりです。
無理に起こすのも可哀想かと眠ったまま寝室に運ばれたフローディオは、それから昼下がりまでは遅い睡眠を貪りました。
その間にサラは月下美人を一輪摘み、封蝋が施された四通の手紙を持って赤獅子王の下を訪ねます。
「陛下。フローディオ様のお手紙をお持ちしました。」
「フッフッフ。仕上がったか……!」
手紙を受け取った赤獅子王、共に手渡された月下美人の花を見て「ほう」と感嘆を漏らします。さすがに少し驚いたようですが、すぐお気に召したのかクツクツ笑って机の隅の花瓶に挿しました。
陛下はこれでも風流には理解のあるタイプなのですが、花を眺める様が村一つ焼き討ちしたあとの独裁者のようにしか見えないのが……玉に瑕どころか瑕疵だらけです。哀れであります。
「大臣よ、今日中に使者を出すのだ!!」
立ち上がりマントを翻し、赤獅子王の鶴の一声が響き渡ります。硝子窓がキンと震えるくらいの声量で、今日もお元気絶好調なご様子です。
しかし国の外交に関わるともなれば、簡単には話は進みません。
「陛下……、その、お言葉ではございますが……、その手紙は検めておくべきかと……。」
「……つまらん奴め。」
「ひっ!」
この凶相で鋭くギロと睨まれれば誰だって無条件で平伏したくなります。見つめ合ってるよりは掃除済みの床とキスしたほうがたいぶマシですから。
「し、しかしながら……っ!!」
とはいえ重臣にとっても国を守るため尽くすのは義務であります。責任ひとつのために脂汗をダラダラ垂らしながら立ち向かってくる部下というのは、陛下もそんなに嫌いではありませんでした。
「貴様、確かたいそう可愛がっている妻子がいたな。」
「な!? つっ、妻と娘だけは!?」
「ほう、そんなに家族が大事か。」
「おおお、お許しを……ッ!!」
傍らのサラからすれば、可哀想な大臣だなぁといったところ。
陛下からすればただの雑談感覚なのでしょうが、あちらは『妻子がヤられる』と、盛大に勘違いしております。
「なあ、大臣殿よ。……添い遂げることになるやもしれぬ相手を疑うことが、若かりし日の貴様にできたのであろうか?」
「は、……ハイっ!?」
後ずさって壁に背を貼り付けてガクガクしながら涙目になっていた大臣でしたが、陛下のお言葉が咄嗟には理解しきれず、素っ頓狂な声を上げております。
「余にはできぬぞ。貴様も諦めることである。」
「……。」
凍りついたままの大臣をよそに、陛下は自分の言葉に自分で頷きながら腕を組み、ニヤリ。他愛ない小虫でも見下すような悪役面で、細められた目がギラギラ輝きを放ちました。
とりあえずヤられる感じではないのかもしれないと、泣きそうな大臣は気が抜けた拍子に腰が抜け、床にぺたりと座り込んでしまうのでありました。
「それに『姫君』は、この国のことをまだ碌に知らぬ。案ずるな。老獪な狸共の槍玉にくれてやる義理もあるものか。そのまま送れ。」
こうしてフローディオの手紙は封を切られることなく、金銀財宝や織物毛皮、貴重な香辛料などとともに、そのまま花の王国へ送られることとあいなりました。
騎士の精鋭に守られて、贈り物と共に馬車に揺られることとなった使者が携えるのは、赤獅子王よりの一通の親書。
無事迎え入れた王子についての礼文と、今後の処遇の通達。最も重要なのは、花の子についての情報提供の要請です。
前代未聞の王子の輿入れが邪険に扱われていないと知って、あちらがどんな反応を返してくることやら。花の子についての話がどこまで聞き出せるかも幾許かの不安が伴います。
国の興りに関わる聖霊やツキモノつきについては大抵の王家は隠したがりますし、そもそも知らない可能性もあるかもわかりません。
(向こうがわからぬとなれば、こちらで手探りでやっていくしかなかろうな。)
そうなれば陛下の恋路は国を賭けての一大奮起が要されるでしょう。道ならぬものですね。
ちなみに確かなことが言えるようになるまでは、フローディオ本人にあれこれ言うのは控えております。
あの臆病な性格と、預かった手紙の重さから鑑みて、今はまだ陛下が何を言ったところで逆に疑われてしまいそうに思えたのです。
やっと話ができるようになったばかりなのに、ここでまたヘタを打つわけにはいきませんでした。後手後手ではございますが、少なくとも今現在、赤獅子王の想い人がその手中にあることだけは確かであります。ならば逃さぬようにやるだけでしょう。
「フン。……まずは待つとしよう。」
王宮の最上階から使節団を見送った赤獅子王。苦難とは越えるべき壁であり、自らに不可能は(恋愛以外では)ない……そんな自負を体現するかのごとき剛気な構えで向かい風を全身に受けております。
その不敵めいた表情は前途有望。神を堕とさんと大志を抱く悪鬼のごとく歯を照らつかせて、静かにニヤリとほくそ笑むのでございました。