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邂逅編 14

 翌日。

 約束通りに赤獅子陛下は後宮を訪れました。頃合いはお茶の時間でこざいます。

(夢にまで見た……ッ、姫君との茶会……!!)

 昼の公務を早めに終わらせ、残りを夜に回すよう指示を出し、着替えまでしっかり済ませて準備万端。

 昨日は物言わぬ書類処理装置みたいだった陛下が、今日は心なし視線がねっとりしております。獲物を狩る間際にも似たギラギラ爛々、という様子ならば周囲も見慣れておりましたが(かといって『慣れている』わけではありませんでしたが)、今はどちらかというと獲物が来るのを待ち伏せて息を潜める鰐の方が近い感じです。

 というのも、陛下にもちょっと心境の変化があったせいなのですが、さしもの優秀な重臣たちとてそこまでは思い至るはずもありません。

 これまで特攻と玉砕しか知らなかった赤獅子王。

 首の皮一枚でどうにか繋がっているような気配は否めませんが、今回はゆっくりと会話を重ねて交流するというチャンスが残されています。

 しかも、花も恥じらうような愛らしさの想い人とです。

 今回は先走ってなんていません。昨夜フローディオの木登り事件を聞き駆けつけたサラからは、『玄関よりおいでください』との言伝も預かっています。

 招待されている――! その事実がまたも、陛下の胸元に薔薇なんか飾らせてしまうのであります。一時は引っ叩かれたことなんてとっくに忘却の彼方。

(夢も見てみるものであるな……! 今回こそ余の采配に抜かりなし!!)

 鼻歌とスキップで床をどんどこ揺らす赤獅子王。その姿を見た者たちは、禍事が歌いながら行進するような不吉さに慄きたっておりましたが……、実は陛下には以前よりちょっとした夢がございました。

 可愛い妻を娶って、その妻殿が可愛らしいケーキに囲まれながらお茶を楽しむ様子を眺める、というささやかな夢です。

 叶うものなら他国の姫君と、万が一にもうまくいけばすぐさま……、なんて期待少なながらも狙っておりましたから、フローディオより三ヶ月は早くにパティシエを揃えておいたのです。

 可愛いものに囲まれる可愛い妻を、同じテーブルに着いて愛でる。なんて贅沢!!

 既に手配は済んでおります。今までならサラや侍女たちに味見させ続けるしかないまま、陛下ご所望の可愛いケーキをひたすら極め続けてきたパティシエたち。彼等にとっても、今日こそが記念すべき初任務の日!

 ちなみに後宮の庭園はほぼほぼ壊滅状態なので、王宮敷地内の別の庭園にお茶の準備が整えられている手筈です。

 となればあとは迎えに行くのみ……!!

(余が姫のエスコートなぞ、生まれて初めての大イベントであるッ……!!)

 だったのですが。

「王子が目覚めぬだと?」

 客間へ様子を見に行けば、出迎えてくれたのはサラ一人でありました。

 約束したはずのフローディオ本人は、昨夜から寝っぱなしなのだと言います。

「御殿医にも診せたのですが、異常は見当たらないとのことでして……。」

 朝のうちは赤獅子王は城下の視察に出ていたため、サラには陛下を捕まえることができなかったようです。

「お茶の時間にいらっしゃると伺っておりましたし、探すのは諦めてお待ちしておりました。私から見ても疲れて眠っているだけに思えましたし、今もお休みになっています。」

 暗がりの寝室に通された陛下の目にも、寝台で行儀よく横たわったまま寝息を立てているフローディオは、ただ単に気持ちよさそうに眠っているだけに見えました。

「フローディオ様? 陛下がお見えになりましたよ。」

「うー……。」

 サラが再度声をかけても、眠る王子は駄々を捏ねる子供さながらに首を振って唸るだけで、起きる気配は一向にありません。そしてすぐ、気の抜けた寝顔に戻ってしまいます。

(なんと愛らしい……ッ!!)

 そんな様子ですら可愛くてたまらないのが赤獅子王なのですが。

「サラよ、やめておけ。」

「よろしいのですか……?」

 疲れているのであれば仕方がないでしょう。それくらいの分別は陛下にもあります。なんだかんだ、上に立つ人間でございますから。

「……眠り姫ならキスで目覚めるかもとか、また馬鹿なことなさいません?」

「うぐッ。」

 疑い深いサラの視線の痛いこと。

 実はほんのちょっぴりくらいは、陛下、そのようなことを考えておりました。

「それで今度こそ愛想を尽かされては、余も敵わぬわッ! よもや待つことも知らぬ軟弱者と、余を誹る気であるか!?」

 ほっと胸を撫で下ろしたサラの笑顔がやたら遠慮なしに眩しいので、赤獅子王は想い人の唇に接吻どころか、白い頬に触れることすらままならなそうです。

「それにこれは、御殿医より学者を呼び出す方が良かろうな。」

「お心当たりが?」

 サラを警戒しつつ、陛下は王子の胸の上に組まれている腕を取り様子を見ます。予想通りに細く、未熟さのある骨ばった腕です。

 子を成せるというからには男というより中性に近い身体つきなのかもしれませんが、雰囲気としてはむしろ子供でしょうか。城の侍女だってもっと肉が付いているはずでしょう。

「サラよ。この者は昨夜のうちに三本もの若木を大樹にしたのだぞ。ツキモノつきとはいえ、疲れて当然であろう。」

 肌がつやつやのさらっさらでまるで白磁! ……という感想は丁寧に胸の奥へと仕舞いながら、陛下は王子の腕をそっと返してやります。

 昨夜一晩のうちにやたらでかく育ってしまった樹が三本、朝から宮仕えたちの注目の的となっておりました。恐らくはあれが花の子の力なのでしょう。

フローディオは城の造りなんて知る由もありませんでしたから、目当ての赤獅子王がどこにいるかわからないまま、明かりのついている窓めがけてあてずっぽうに樹を生やしたのかもしれません。

 無茶な真似をと陛下が思うには理由がありました。ツキモノの力を使うにはまず体力がいるのだと、彼自身が幼い頃から厳しい鍛錬を課されて育ってきたからです。

「陛下にも、昔はこんなことがございましたね。そういえば。」

 この国にかつていたという金色の炎の獅子は、王家の祖に炎と怪力を授けたといいます。

 どちらにしても制御してやらねば本人の命さえ危うくする力です。だからこそ、この国では古よりツキモノについての研究は盛んでした。

 逆に豊穣と子安の力を授かった花の子は、もしかすると制御の必要性自体があまり求められなかったのかもしれません。

 花の国に少しでも知識があれば、フローディオはもう少し鍛えられていたはずでしょう。ですがこの様子では、大事にしていれば国に恩寵があると認識されていただけで、そのあたりの研究はあまり進んでいなかったのやもしれません。

「そのうち自然と目を覚ますであろうが、してやれることもあるやもしれぬ。今しばらくこのままだ。」

「かしこまりました。」

 結局パティシエたちの力作ケーキのご披露はまたも先延ばしになってしまいましたが。

(妻殿の健康管理も夫の仕事である。フッ。)

 赤獅子王は可愛い顔に振り回されるのはお嫌いではなかったみたいです。

 パティシエ団だけが、総泣きの昼下がりでございました。

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