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邂逅編 13

「んッ、ななななっ……!?」

 がたんごとん!

 面食らった赤獅子王が慌てて窓辺から後退りするものですから、真新しい執務机に腰から体当たりして物音が響きます。

 思い出したように再度窓に飛びつくなり今度は迷わず硝子戸を開き、学習能力もなしでつい前のめりに叫んでしまいました。

「これは何の真似かッ!!」

 顔合わせしたばかりの晴れの日と同じく、問われたフローディオはツンとした表情で済まして答えました。

「窓から訪問するのがこの国の流儀なのかと、陛下に倣いました。」

 すらすらと、流暢な返事ですこと。

 ただそれは外見の話でありまして、内心はまた別です。

(こ……、こ、こ、こここ……っ、怖い!!)

 心臓なんてばくばくしてますし、自らの薄い胸を示した手は脂汗に濡れてかすかに震えていました。

 この王子、たいへん臆病ではありますが、用意していた台詞なんかを読み上げる分には場慣れしているのです。

 温室育ちではありましたが腐っても王室末子。式典やらなんやら、逃れられないものというのは山ほどありましたから。

 用意された本番のみに強く、虚を衝かれない限り一見では裏が見えないタイプです。

「正式な手順を踏んでいたらお会いできなくなると思いましたから……」

「そんなことはいいから早く部屋に入れッ!!」

 ゆっくりと典雅な口調で用意していた言い分を舌に乗せるフローディオでしたが、陛下はそれをそんなこと呼ばわりです。

 この場ばかりは陛下の方が常識的だったでしょう。ただでさえ華奢で頼りない身体つきをしていたフローディオが三階の高さから足を踏み外したとなればどうなることか。

「怪我をしたらどうするのだ……!? 早くしろッ!!」

 とはいえ、手を差し伸べられたところでフローディオは身が竦んでしまいます。

「……へ、へ、陛下が怖いから……、や、です。」

「……。」

 枝にしがみついたまま、一気に口調が幼くなりました。

 なるほどこちらが本性で違いない。慧眼の赤獅子陛下も初対面で騙されていたと知れば、思わず失笑でした。

 しかし怖いならば、仕方がないでしょう。彼は気に入った顔に泣かれるのは趣味ではありません。いっそ恐怖に近いくらいです。

「……ならば人を呼ぶ。」

 すっと引いていく大きな手を見送り、フローディオの薄い肩は明らかに安堵で緩んでいます。

 そうまで恐ろしいならば、来なければよかっただろう。陛下もよほどそう言ってやりたかったのですが、お小言は後でサラにでも頼むしかないでしょう。

「そこを動けばどうなるか、わかっておろうな……!?」

『助けが来るまでじっと動かず待っててね!』と言いたいだけでしたが、気持ちではどれだけ慮っても、陛下はこういう口しか利けない人なのです。臆病者にはドスの効いた低い声色も、金縛りに合いそうなくらいの鋭い眼光も、どれもこれもくまなく恐ろしい……。

 しかしマントを翻して部屋を後にしようとした陛下を見て、フローディオは慌て声を張り上げました。

「陛下お待ちください……っ!」

 求められれば足がピタリと止まってしまうのも、惚れた弱みというやつでしょうか。

「アッ、でも振り向かないでくださいっ!! 怖いので……。できればそこから動かないでくださいっ!! 恐ろしいので……。」

 あっちは御構い無しに矢継ぎ早でボロクソ言ってくるようです。

「わかった。わかった、このまま聞こうではないか。」

「ありがとう、ございます……。」

 ボロクソには言いましたが。

(やっぱりこの人、ホントはそこまで怖い人じゃないのかもしれない。)

 失礼を承知で突撃してみたものの、無茶な要求もこうして聞いてくれるのですから。

 向けられたままの背中は何を背負いこんでいるかわからぬ威圧感を漂わせており、顔を合わさぬままであろうと相変わらず恐ろしくはありました。

 足が竦みそうになりながらも、それでもフローディオは思います。

 来てよかったみたいだ、と。

「……陛下、私は今夜謝罪に参りました。数々の無礼、お許しください。」

 そう告げて頭を下げる間にも無礼を働いているのはわかっているのですが、フローディオには面と向かって本音で話をするだけの勇気はありません。これが精一杯です。

「無礼とはなんのことであるか。」

 仕方のないこととわかっているだけに赤獅子王には不思議でなりませんでしたが、フローディオには意地悪な質問にでも聞こえたのかもしれません。

「陛下のご尊顔を叩いて、その、……暴言を口にしました。」

 居たたまれなさげに認めて答える律儀さには、背を向けたままの陛下は、つい目をしばたかせてしまいます。

「ならば気に病むことはなかろう。」

 返ってきた言葉には、今度は俯いていたフローディオが驚く番です。

「親に斬られもした身である。城下では子供にも恐れられ、逃げられる。余にとってはいつものこと。よって不問とする。」

 さっさと人を呼びに行くには、話を手早く終わらせなければなりません。

 口早にはっきりと事実だけ述べた陛下でしたが、今度はフローディオが失語のうちにおろおろ、眉を寄せて戸惑います。

 親に斬られたり子供に嫌われたりなんて、王子には経験のない話です。

「陛下。私はそんなことをされたら一生立ち直れない自信があります。」

 それはそうでしょう。この王子ほどの愛らしい容貌とまっすぐな心があれば、誰かに厭われたりなんて日はきっと来ないのですから。

 でもフローディオには納得がいかないのです。

「私は生まれて初めて人を叩き失礼なことを言って、初めて自ら人を傷つけました。」

 今までならば、毎日にこにこと穏やかに幸せに暮らしてきたし、愛してくれる人々に囲まれていましたし、そんな日々が続くものと疑うことなく、信じきっていました。

 でも自分で国の外へ出てきてからは、初めてのこと、初めて会う人、フローディオには知らないことばかりです。

 誰かを傷つけるなんて、今まで考えたことすらなかったはずなのに。

「それだけでもこんなに胸が苦しいのに……、どうしてされた側のあなたがそんなに優しいのですか?」

 しんみりと夜風に消え入りそうな声で尋ねられ、陛下は耳を疑います。

 ――優しい? この自分が?

 つい振り向いて薄闇の向こうを見つめたい衝動に駆られてしまいますが、振り返りかけたところでハッと我に返りました。

 この状況のまま怯えさせてしまえば、動揺したフローディオは三階の高さから落ちてしまいかねません。

「……人を呼ぶ。」

「陛下、」

 呼び止めようとする声が届いても、赤獅子王はもうすべきことを迷いません。

「続きは明日にせよ。」

 代わりに扉へ手をかけたまま言葉をひとつ残し、足早に執務室を出て行ってしまいました。

 樹の枝にぽつねんと一人残されたフローディオは、潮騒のような青葉のさざめきに耳を傾けます。焦燥を慰撫されるような優しい音でした。

 緊張で火照った身体を冷たい幹に寄せて、ため息を一つ。

「疲れたよ、姉上……。」

 やはり陛下は優しい人のはず。なのにあの人と言葉を交わすのがこんなにも恐ろしい。相反する事実と、うまくまとまらない矛盾した感情とが、フローディオの頭の中でぐるぐると堂々巡りを始めています。

 自分でも自分の気持ちがよくわからないのでありました。

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