優しさと正義
男の脚を挟んだ瓦礫はまさしく非生物らしく無慈悲であった。
「うぎぎぎぎ」リナ子は瓦礫をどかそうとするが、冷たく重たすぎる。
「助け呼ばなきゃ!」リナ子はスマホを取り出しすが。
「あっあれ?あれ?あれ?ネットに繋がらない、これじゃ助けが呼べない!」どうしようもなくてパニックになりかけるリナ子。
「どうしよう?どうしよう?あんまり挟まれっぱなしだとクラッシュ症候群の危険もどんどん増えちゃうし手伝って」
利知に向かって慌てるリナ子を見ながら、利知は迷っていた。
今目の前で動けずにいる男を知っていた。
「早く助けろ!クズども!」
男は罵倒しながら救いを求める。
利知は確信した、彼はやはりヨモギの親だ。ヨモギが死んだ直後に楽しそうにしてたり、ヨモギの体に青痣がついていたりと色々な問題点が見て取れる人物だ。
だから、利知は動けずにいた。助けるべき人間なのか?と迷った。
「ちょっと?ねえ!ねえ!この人助けてよ!」リナ子の助けを求める声が、遠く響く。
利知と、ヨモギの親の目が合う。
ヨモギの親の方に知り合いと会ったという反応はない、おそらく包帯を顔にぐるぐる巻きだからだろう。
これはかなり助かると利知は気づいた、犯罪者として報道されている自分の顔は隠すべきだろうから。
気づいたこと言わずに「俺は……」利知は悩んだ。
どうするべきだと。
本当に目の前にいる彼に助ける価値はあるのかと。
アカネの方を見ても彼女は無言でただ「自分で決めろ」と伝えただけだった。
そして幾ばくかの時間を迷って
利知は瓦礫をリナ子と共に、持ち上げた。
ゆっくりと瓦礫が持ち上がる。
二人でならギリギリどうにかなりそうだった、ヨモギの親が「もっと早く助けろ!まったく……クズども」とぶつくさ言いながら這いずりだしてくるのが不愉快で仕方がない。
――俺は間違っているんだろうか?―――
利知は自分の判断に自信を持てなかった。
「あの!何時間くらい脚挟まってましたか!?クラッシュ症候群の危険がありますから……」
リナ子がヨモギの父親へと伝えようとするが、彼女の言葉は届かず。
「うるさい!もっととっとと助けろゴミども!」とめちゃくちゃに返された。
そして、ヨモギの父はずんずんとどこかに行ってしまった、リナ子は後ろから避難所の場所を大声で伝えてあげたが、そこに彼が行ったかはわからない。
そしてしばらくしてまた避難所に向かって歩きながら二人は会話しだした。
「いや――失敗失敗、何だかわかんないけど怒らせちゃったね」
少しだけ悲しみを交えた声でリナ子は利知にそう笑った。
「……」どう返していいのかわからず黙ると。
「ああ、もしかして……私を馴れ馴れしいって思ってる?」
唐突にネガティブな聞き方をした。
「え、いえ別に……」
「そっかあ、よかったよかった……あ!」
リナ子は今度は嬉しさ濃度100%で笑いながら言った。
「避難所、見えてきたよ!」
利知の通っていた中学校だった、確かに災害の時は避難所となる場所だ。
リナ子は小走りになりながらわくわくしながら
「菜野もあそこに来てないかな―――っ?」
利知はその名を聞いて息を詰まらせそうになった、仲間の死をまたずぶずぶと意識させられる。
「……友達なんですか?菜野、さんと」利知の口からそんな言葉が出てきた。
「うん、大学で仲良かったんだ……なんでか自主退学しちゃったけど」
利知の心にまたずぶりと棘が刺さった。
「不謹慎かもしれないけど、私また会えるかもって思うとすっごくワクワクしてる!」
利知は言うべきか考えた、菜野と大親友で在ろう彼女に菜野は死んだ、もういないのだから二度と会えることはないと伝えるべきではないだろうか?と。
利知にとって嘘は苦手なものでもあった。
しかし
「ちょっと変なところもあるけどいい人なの!変な人だけど!」
リナ子の笑顔を見ていると、そんなことをわざわざ言って暗い顔をさせるのははばかられた
人を悲しませたくない優しさと嘘をつくべきではないという正義が利知の中でゴリゴリとせめぎ合う。
この期に及んで優柔不断な自分が嫌になった。
そして、どうにか利知は決断した。
そして言うべきことをリナ子に話しかけようとした、のだが。
「よっし、会うの楽しみ―――っ!」
リナ子が避難所に向かい突然走り出した、そして利知は声に出そうとしたのに機会を失った。
正義がどうとか、悲しませることがどうとか関係なく、伝えるべきだと思った。
その決意は正義でも優しさもある。
そして、彼女にとって菜野が大切な人であるなら伝える必要がある。
利知はリナ子を追って走り出した。