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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
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鈍ショック

 数秒前も近い色だった気もするし、そうでなかったようにも思う。夢の記憶がすぐ消えるのはどうしてなんだろう。

 視線の先には天井があった。


(……天井?)


 ぼんやりと今日何があったか思い返す。学院に向かっていたら道に迷って、女の人に会って、そしたら急に股間を蹴り上げられて……――。


「て遅刻!!」


 目的を思い出し、すぐさまガバリと身を起こす。……が。


「……でも、ここ……?」


 見回すとどこかの屋内。白を基調とした清潔感のある、でも白のもたらす「突き放し」や「無」ってカンジはあんまりなくて、どことなく丸みがある……。ふと机に置かれた花が目に入ったとき「これだ」と感じた。多分……笹百合? 品があって、けれどとげとげしくない色と形。母にされた女子力アップの一端にこんなところで助けられるとは。


「でも女学院に百合ねぇ……」


 出来過ぎにボソッと邪推が漏れる。慌てて起き上がったはずがそんな考えのせいで気が抜けてしまった。

 はてさて、ベッドに寝かされていたのも含めるとどうやら保健室らしい。


「っと。起きてた、起きてた」


「……サキ?」


 ゲームのイベントシーンかって丁度なタイミングで現れるサキ、学院の生徒では僕の正体を知る唯一……でなくなったな……の子。


「ごめん、ごめん。ホントは目覚めるまでいるべきなんだろうけど、チョットね」


「いいよそれくらい」


 ……なくらいにひとつのところにじっとしてるのはそう得意ではない。


「っかし、初日から貧血? しっかりしてよ」


「そこはホントごめん」


 まさか知らない女の人に股間蹴られたりして気絶してたとは言えない。でも彼女に余計な心配かけたと思うのは本心。


「いやー、瑞祈のお母さんによろしく言われてるし、あたしにかかれば『楽勝ッ!』の『余裕ッス』で『やったぜ、親父ィー!』って思ってたんだけどねー」


「面目ないです」


 さすがの母も女学院に僕一人送り込むのは少々不安だったらしく、知り合い且つ元々ここに通ってた彼女、蘇芳(すおう)サキにサポートをお願いしたというわけだ。僕的にもそういう存在が一人いてくれることはとってもありがたい。


(……でも、台詞の後半に「頼りにならない」という間違った意味での無頼を感じるんですが……)


「にしても瑞祈ってホント可愛いよね。何年か会わないうちに逞しくムッキムキに成長してたらあたしも匙投げたんだけど」


「それどう返せと」


 「どれどれ」、サキのそんな仕草からの感想。話を聞いて入学前にやってきた際にも同じことを言われた。……ジェンダーも男なので褒め言葉には遠い。


「手もキレイだし……。……薬指もこれならバレないわ」


「薬指?」


「んー? 男の人って薬指がちょっと長いんだって。ホルモンの関係? それがヒントで実は男と判るてのが小説なんかでたまにあるんだとか」


「へえー」


 ミズキは かしこさが 1あがった。おとこらしさが 1さがった。

 そんなメッセージが浮かぶ。もっといえば「おとことしてのじしんが 10さがった」が追加される。……泣けるぜ。


「大丈夫だとは思うけど一応ね。女の子って変に目ざとかったりするから」


「アリガト」


 男と女じゃちょっとしたところが違ったりするから気を付けてと母にも言われた気がする。「特訓」で外出したときは感じなかったけども、似たことを言われるってことはきっとそうなんだろうなぁ。……サキにはとても言えないけども、初日からバレたし……。第一、小さな差への注意の指摘、それがもう男女の相異ではないだろうか。


「ホント全然男性性を感じないというか……。……そうだ、機能してるか確かめてあげよっかなー」


「なっ!!」


 にやけた笑みと何かを握るような手の動作、条件反射に股間を庇ってしまう。


「なんてね。ダメだよ、女の子はここで股間に手をやったりしないの」


 コロリと表情を変えるサキ。してやられた。だけど教えの重要さをよく示してくれてる。


「でも、ホントに大丈夫……だよね……?」


 更なる変化、サキらしからぬ寒色系のトーン。昔を思い出してのことだとはすぐ分かった。



 僕とサキは親同士の仲が良いことと歳が同じなのもあってか、幼少時一緒に遊ぶことが多かった。

 そんなある日、鉄棒の上にどちらが長く立っていられるかで競争になった。僕はバランス感覚が割と優れているらしくて三回、四回……何度やっても僕の勝利。それがサキには面白くなかったらしい、いつも子分役の僕だったし、カッとなった彼女は僕を引きずり降ろそうとした。……僕の両足を掴んで、勢いよく。「あっ!」と感じた一瞬、足元に何もなくなる感覚と空の青さは、なんでだか妙に憶えている。

 一気に鉄棒を跨ぐことになった僕。そこからの記憶はない。



「あれなら一応大丈夫だったし、気にしなくていいよ」


 サキには黙っておくべきだろう、摘出もあり得たところを医師が奮闘してくれたらしくギリギリの回避だったことは。……お医者さん、その件は本当にありがとうございます。


「サキだってあの後、十分謝ったしさ」


 あれくらいの年齢じゃ「そこの怪我」の意味も解らないだろうに、後日泣きながら「ごめん」を連呼されたのを憶えている。


「だって、本当に死んじゃうかと思ったから……――」


 まだ視線を背けているのは「それに」と続くだろうもう片方の罪悪感を抱いているからと見当がいく。


「大丈夫」


 そっと手を重ねた。殆ど我知らずやったことだけど、微かに今朝の女性を思い出した。あのひとも多分こうするんじゃないかな。……サキに寒色は似合わない。


(……)


 ……僕としても古傷が疼くので、あの出来事から話題を変えたいというのもあった。

 病室で目覚めるまで僕自身まるで憶えてないはずなのに、僕のそこは律儀なくらいあの事を忘れないで、文字通り刻んでくれている。さっきから古傷に重い感覚が涌いてくる。今朝の事があったせいか、より重い。……気のせいか、彼女の攻撃は全て古傷を直撃していたような。……流石にないよね、偶々か。

 い……いや、タマタマと掛けたわけじゃ……。決して! 誰かに打消しの意を伝えるように慌てて頭を振った。


「どしたの瑞祈?」


「あ‥‥…なんでも……」


 サキに不審がられた。当然だろう。それこそ女の子だからかサキは変なところで勘が良かったりするので、ちょっぴりマズイ。


「ひょっとして、タマタマ痛くなっちゃったとか?」


 おーわ。


「なんちゃって」


 照れ笑いの彼女に僕も続く。ただし、僕のは幾分乾いていた。

 でたらめでピンポイントを射貫くのだからサキはきっと運のステータスが高い。もしくは僕のが低いか。……後者な気がしてきた。


「ていうかサキ、お嬢様な学院でなんてこと言うのさ」


「大丈夫大丈夫。これでもワタクシ普段はちゃんとしてましてよ?」


 口元に手を遣り、いかにもなポーズで大袈裟な返答、お約束の高笑い付きで「お嬢様お嬢様」しだす。これで話題が変わってくれれば御の字だけど。


「信じてない?」


「そんなことないよ」


 良かった、話が逸れてくれてる。サキは外面いいというか、そういった賢さは備えているので実際ちゃんとやれているだろう。外用の自分を持つって僕にはとっても器用に感じることだ。芸能人なんて僕にはその点で一種の「異能者」と言える。普段からおかしなオジサンだったりバカな殿様なら警察沙汰になっているに違いない。日常は変でもバカでもない、普通の、むしろ善良かもしれない、オジサンで暮らしているだろう。……これから暫く「女を装う」ハードな日々が待ち受ける僕が言うのもアレだけど。


「っかし、ガウリール様に見つけてられて運んでもらえるなんてラッキーよね」


「ガウリール??」


「あー、そかそか、わかんないよね。ガウリールっていうのはなんだろ……名誉職というか……」


 一般に馴染みのない言葉を説明しようと目線を上にするも、適当なものが出ないらしく答えあぐねている。サキの賢さはこういう方面とはちょっと違うからなぁ。


「……称号とか?」


「! おお、そんなカンジ!」


 なんとなし言いたいところは伝わっていたので、控えめに案を出すと、サキは目を大きくして肯定してくれた。「最年長」とか「星」とかを意味する「女学園ものの名物的何か」なのだろう。……でもガウリールって何?


「……称号、そうだね。まっ、実際の制度としてはないんだけど、『まさにこの人!』ってみんなの鑑というか憧れ? そういったのを体現している人を呼んでるの。ガウリールっていうのはロシア語で大天使『ガブリエル』を指すらしいわ」


「天使なのは褒め称えているからだとして、なんでロシア語?」


「ゴメン、あたしもよく知らない。う~ん……一番最初に呼ばれた人がロシア系の血を引いてたから、とか聞いたことあるけど、他の説もあるらしいし正直ちょっと分からないの。正式じゃなくて、あくまで勝手にいつからか言い出しただけだから」


 僕に諦めを促すような表情で付け加える。


「でもそれだとガウリール? が複数存在することもあるんじゃない?」


「あぁ、たまーにあるらしいわ。『私にとってはAではなくBだ!』って。けど、『この人こそは!』なんて人物そうそういるもんじゃないから案外なんとかなってるみたい。自分で思うだけでなく、他人にも断言できなきゃいけないわけだしね。第一に不在の年だってあるんだから」


 「ガウリール」に求められるレベルは存外高そうだ。他者にも堂々言い切る程度となるとたしかに難しいかも。空白期間もあるというのが予測を更に強める。


「その点、今のガウリール様は文句なし。カッコイイというか美しいというか……見た目から何からもう完璧。同じ種であることが辛くなるくらい。完璧星からやって来た宇宙人て言われても全然信じるわよ」


「そんな凄いんだ……」


「何言ってんの、あんたを運んで……そっか、倒れてたから見てないか」


 本当は見ている。サキの言う「完璧星人」とはきっと今朝の女性だ。彼女であるならば「ガウリール」としての説得力は十分過ぎるくらいにある。全部が全部規格外だった。瞳や髪の、実際の色は純白とは真逆の黒なのにどこか紫の……きっとオーラがそうさせて……研磨した黒曜石を想起させる黒を抱いている。色だけでなく、黒曜石がナイフに用いられていたのも変に理解できるというか……刃への適正もさながら黒曜石だ。

 ……昔あったゲームで黒曜石の剣が魔剣的な扱いを受けていたのを思い出す。彼女ならばデュランダルやアロンダイト、クラウ・ソラス等「伝説の剣」にたとえても大袈裟にならないだろう。刀剣、凶器でありながら美術品としての所有が認められているという点では日本刀が相応しいかもしれない。失われた国宝政宗の化身だ、と告げられても信じてしまいそうだ。

 周囲の何もを吹き飛ばしたあの感覚。僕はあのとき確かに「美」それ自体に触れた。彼女には圧倒的、神々の力が宿るオブシダンの剣の如き、破壊力があった。


 ……物理的にも。


 サキにはただ「そうだね」と返しておいたけれど、自分の言った「凄い」の部分に実は頷いていたのかもしれない。


 ――

「――っこらしょ」


「……なんて言うのもダメなんだろうなぁ……」


 寮の自室でようやっと一息。ここもそれはそれで緊張するけどね。部屋の中はまだ割と普通、この場合はいい意味で、だけれど、寮が思いのほか豪華なんだもん。

 学生寮とかってもっとアパート然としているというか……悪い表現をすれば、昔の公営団地くらい少々ボロっちいのもあり得るくらい思ってたので……外観にショックを受け、「I」を取り戻すまで数秒かかった。……雰囲気的にはそうだなぁ……東京駅、三田にある大学の図書館、あとは……ちょっと自信ないけれど、多分兵庫だったと思う、の旧県庁舎で通じるだろうか。無論、それらよりかはコンパクトだけど、文明開化の音か大正ロマンの薫りでもしそうな、「伝統校伝統校」然とした印象だった。

 内装は外見と比べればたしかにずっと大人しいけれど、特別何があるわけでもないのに……上の階にピアノがあると知ったのは後のことだ……それはそれで品がある……老舗の喫茶店みたいな落ち着きを与えた。ない筈なのに、気付くとラウンジ・ミュージックが僕の中で流れていてドキリとするくらい。


「なるべく――」


(平穏無事に過ごせますように――)


 初日から肉体的にも無事じゃなかったけど、逆にこれ以上無茶もそうは起こらないよね?


(…………)


 ……今の台詞はフラグじゃないか。泣ける。



 ――

 部屋にいても落ち着かないので、夜のキャンパスをブラリ。棟内ではないせいか怪談的怖さはない。少々の肌寒さは季節的なものだろう。


(惜しいことしちゃったな)


 無駄なくらい広いのに手入れされている様は見事で、夜だから大まかしか見えないのもあるにしろ、午前に沈んだ心で見ていたことを後悔した。素直に見れば素直に感動できたろうに。


「特に桜は……――」


 開花と入学の時期がピッタリで――と視線を移した先に大天使がいた――。

 景色はまたも消し飛んで、ただ彼女がいた。夜の筈なのに、どうして彩度も明度も高いのだろう。ひたすらに、ひたすらに神々しい……。


「――こんばんは」


 目の前にいる!? 20メートルかそこらの距離はあった筈。僕は彼女を見続けていた筈。次元の瞬き? 時空の覇者? 何がなんだかで、ありのまま起こったことを話せそうもない。


「超スピードのトリック、といったところかしら」


「……イッツ・ア・パーフェクト・ワールド……」


 「戦慄をピアノで表せばこう」といえそうな音が頭に流れる中、よく分からない言葉が漏れ出た。


「ガウリール……様……?」


「に見える?」


 !? 間違った? けれど「ガウリール」とは――。

 ――違わない、「違っていても」違わない。僕は断言する、この人だと。僕は頷いた。


「……この景色がこんなに似合う人、見たことありませんから……」


「ガブリエルが象徴するのは百合なんだけど――」


 困った笑みで彼女は周囲を見回す。ここは確かに「ザ・夜桜」。けれどそれは本当に絵になって……そう、「絵」なのだ。暗闇に桜の花と彼女だけが強調されて描かれたアニメのワンシーンのような。三次元から二次元に繰り下がった筈なのに、むしろ高次の世界であるように見えた。


「自ら『ガウリールです』とは気が引けるけど正解。でも、貴方が呼ぶのは不正解」


「え? 僕は本当に相応しいと思って……――」


「貴方は私の『妹』よ?」


 つまり……――


「……お姉……さま」


「よくできました」


 頭を撫でられる。恥ずかしくもあり、けれど不思議と嬉しい。

 今朝もこれくらい和やかなら……。なんて思った二度目の出会い。

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