愛浴
「ねぇ、私、貴方を世界でただ一人の妹と思い姉として愛し、教え、導いていくこと約束するわ。だから……だからお願い、私の妹になって」
!? そうやって懇願する顔が近い。……それにしても間近で見るとやっぱり綺麗だと再確認されられる。肌の白さといいキメとかハリとか。……勿論多少のメイクはしているんだろうけども毛穴とかそういうのをまるで感じさせない。女優やモデル……ううん、ハイレベルなCGのゲームキャラなんじゃないかってくらい。……ほんの少し嫉妬を覚えた瞬間、自分がマズい領域に足を踏み入れてしまったような居心地の悪さが込み上げる。
そんな彼女が上目遣いで迫ってきてるのだからさぁ大変! なわけだ。漫画とかでヒロインのそうやってくるシーンを「ふーん」くらいにしか思わなかった僕であっても、現にやってこられるとなんというか……効果は抜群だと言わざるを得ないです……。
それに、視覚情報以外にも声だってこの外見にしてこの声あり。中の人誰? 美少女ゲームをやってるというよりも美少女ゲーム「になってる」とでもいったらいいだろうか。「リアルヴァーチャリティー」?? そんな言葉が英語圏の人に通じるかはともかく。しかもゲームと違って匂いのオマケ付き。自分でもハッキリ判るくらいにドキドキしてる。
自然、彼女の姿に釘付けになって……頭の中もただただいっぱいになって……。
「ね?」
たたみかかる追撃! これはもう一体どうしろというのだ! なんとか必死になって考えを巡らせようとするけども、「こういうときアニメやゲームの主人公はどうしてたっけ」が関の山だった。
(誰かボタンを押して……この場面、スキップしてくれ!!)
おそろしく虚しく逃避した叫び。それが僕の精一杯。だってもうどうしようもないじゃん。
……結局、多分僕だけの長い時間の後、ありえないくらいガチガチの身体で僕は小さくコクリと頷いた。
「アリガト」
その見ているだけで救われるような微笑み。実際何かが救われた気がしてくる、だけど同時に何かを失った気も。彼女の「妹」になる。それが何を意味するのか判らないままの返事はなんとなし危険だもの。
……なにしろ彼女は本当に危険な趣味、男の僕にとっては到底耐え難い、をしているのだから。とはいってもあそこで首肯以外の返事ができたかといえばそうはいくまい。選択肢アリと見せて契約を強制されたというか……。
(ああ、だからきっとそうなんだ……)
あるゲームの必殺技がガード不能なことに領得できた。ホント、妙なはなしだけど、頭の中がスゥッと啓いていくカンジで。
――「契約完了」――
頭の中で声がして、慈悲や憐憫の心で殺戮三昧な流血系救世主の邪悪な笑みが彼女とダブる。ちっとも似てやしないのに。そう、 邪悪の欠片も感じさせないはずの彼女が、まるで血塗られた契約を笑みで迫る冥王のように見えた——。
「嬉しい。ホント、本当に。妹になってくれて……。……とても平凡な表現だけど、貴方は私の天使——」
伝わってくる、表情以上の感情、今まで経験した他者からの感謝をずっとずっと超える大きな大きな。僕を天使と呼ぶ彼女こそまさに「天使」に相応しい。だって彼女は輝いて、まだ春の筈なのに夏の光を浴びているかのように、光にすら愛されて……いや、彼女自体が光なんじゃないかと思うくらいに。
「ずっと貴方を……。約束するわ。だから貴方も……ね?」
ずるい。「ずるい」なんて思ってしまう程「ノー」を言わせない神々しさ。それにもう、サインは済んでしまってる。
「でも……」
フッとひんやり、不思議と気温がひとつ前の季節に巻き戻ったような感覚。
「でももし背いたら……」
刹那彼女の手が素早く僕のスカートの中に伸び入り、ターゲットを無慈悲なくらい正確にロックする。瞬時にして背筋も頭の中も氷点下に落ち込む。
「お・し・お・き――」
胡粉色を温かく柔らかくした世界にいた僕の意識は――、白い天使の手によって、黒く深い奈落へと引きずり込まれていった……。