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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
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貪浴者

 試合開始の合図が響いた瞬間、すぐさま集中力を研ぎ澄ませる。今日の「テスト」こそ合宿の成果をお姉さまに見せる絶好の機会だった。いつもなら、数手も打ち合えば防戦一方になってしまうところを、今日は違う。自分でも驚くことにお姉さまの動きに食らいつけている。もちろん、技の精度もスピードも、彼女にはまだまだ敵わない。それでも僅かな成長を肌で感じられるのは確かな手応えだった。


(よし……今日こそ……!)


 心の中で鼓舞しながらお姉さまの動きに合わせて全身の力を集中させる。けれどそんな時だった。何の前触れもなく体に奇妙な違和感が走る。


(……なにこれ……熱い? 違う、重い。中がきしんでるような……)


 頭ではまだ戦えるはずなのに、股間の奥だけが別の生き物みたいにざわめいている。まだ金的を受けてもいないのに、そこが少し重く、苦しく感じ始める。普段なら絶対に気にならないはずの痛みがなぜか今は僕の集中を徐々に奪っていく。


(まさか……ここで……)


 一瞬、動揺が走ったその隙をお姉さまが逃すはずもなかった。僕が小さく息を呑むのと同時に、彼女の素早い攻撃が連続で浴びせられる。胴、肩、脇腹……痛みが体のあちこちを駆け巡り、とうとう反撃の機会も奪われていった。


「終わりよ!」


 お姉さまの声が耳に届いた瞬間、彼女の渾身の一撃がまさに最大の急所へと決まった。体が衝撃に凍り付き、瞬時に力が抜けてしまう。気合も合宿の成果も、この瞬間にはすべて消え去っていくようだった。


「……っ!」


声も出せずその場に膝をついた。試合終了……。ふと浮かぶのは、やはりお姉さまとの間には埋められない差があるという悔しさだった。


 膝をついたまま顔を歪めている僕を見て、お姉さまは静かに息を整えつつ、その場にしゃがみこんだ。


「やっぱりここが痛いのね……瑞祈」


 お姉さまの声はまるで、弱点を深く理解していることを誇示するように、しっとりと響いた。彼女はまるで宝物を扱うかのように僕の身体に触れると、その手をゆっくりと股間へと伸ばした。


 僕は痛みが和らぐことを期待しながらも、心の奥底ではこの行為の「ねっとり」した迫力に少し怯えていた。けれど、動くことも声を出すこともできず、ただ必死に痛みをやり過ごそうとすることしかできなかった。


「合宿の成果もあって、少しは耐えられるようになってきたようね。でも、まだこの部分は……ねえ、瑞祈?」


 お姉さまは前回の反省から、力加減には十分に気を配りつつも、その動作にはどこか余裕が漂っている。僕の急所を軽く指で押さえると、わざとらしく指をゆっくりと動かし、じわりじわりと感覚を刺激していく。


「少しだけ……でも、あなたには必要な痛みでしょう?」


 その手は容赦なく、だが痛みを増すことなく金的を軽く撫でるように動く。お姉さまの表情は冷静そのものだが、その瞳にはどこか楽しげな光が宿っているようにも見える。

 僕は息を整えてその動作に耐えようとしたけど、やはり心臓が早鐘を打つのが抑えられなかった。


「もう少しだけ……ね? 今日は、我を忘れたりしないから……」


 そうは言いながらも、その手は金的を優しく、しかし決して甘くないタッチで繰り返し刺激する。僕はもう「耐えられる」という自信さえ失いかける自分に戸惑いながら、ただお姉さまの気配に包まれていた。

 お姉さまの手は、相変わらずゆっくりとしたリズムで僕の股間に留まっていた。他の部位ならなんともない程度の軽い圧力なのに、その小さな刺激が鋭く響いてくる。じわじわと効いてくる鈍い痛みで、心の奥底まで伝わり、逃れられない絶望を感じさせる。


「瑞祈、この程度なら痛くはないはずよね?」


 お姉さまはまるで挑むようにささやいた。その問いかけに必死に返事をしようとしたが、もう声さえ出ない。涙がにじみ、かすかに震えた息だけが漏れていた。


「そう……ここは他と違うものね」


 お姉さまは僕の反応を確かめるように、ほんの少しだけ力を加えてみせた。それは優しいタッチのままなのに、僕にとっては極限の刺激だった。僕の全身がびくんと反応するのを、彼女は楽しげに見つめながら続けていた。


 僕の意識が次第に朦朧としていく。もう体を支える力すら残っておらず、膝は震え、思考は完全に痛みの支配下に置かれていた。頭の中では「もうだめだ」と繰り返し呟く声が鳴り響いていたが、その切羽詰まった想いをお姉さまに伝える力はなかった。


「もう少し……本当に少しだけだから。ほら、耐えて」


 お姉さまは優しい表情のまま、敏感な弱点を揺さぶるように責め続けた。僕の意識は限界に達しようとしていたけれど、彼女の言葉が絶え間なく耳に入ってくる。


 最後にお姉さまがごく軽く、しかし確実にそっと圧をかけた瞬間、僕の意識は闇に包まれていった。ただ、最後の記憶には、お姉さまの穏やかな微笑みと柔らかな声が残されていた ──


  ──

 ぼんやりとした意識の中で僕はゆっくりと目を開けた。視界に映るのはお姉さまの穏やかな微笑み。彼女の顔が近くにあり、僕が気がついたのを見て、さらに柔らかく微笑んでくれていた。


「……お姉さま……?」


 まだはっきりとしない頭で、ゆるく問いかけるように彼女の名前を呼んだ。するとお姉さまは手に持っていた冷たいタオルをそっと僕の額に当て、優しく撫でながら頷いた。


「やっと目が覚めたわね。心配したのよ」


 お姉さまの声はいつもよりも柔らかく、僕の心にじんわりと染み渡る。その声を聞くだけで全身を包む疲労や鈍い痛みを少し忘れられる気がした。

 ただ、まだ腰から下には力が入らず、特に急所に残る痛みは消えていない。微かに動かそうとするだけでも鈍い痛みがじんじんと響き渡り、顔を少しだけしかめてしまったけれど、それでも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 お姉さまは僕の反応を見て、ふっと微笑んでから、そっと手を握りしめてきた。その手は、冷やしたタオルと同じくらいに心地よく、僕の不安定な心を穏やかに癒してくれるようだった。


「もう大丈夫。痛みは時間が経てば和らぐから、今はゆっくり休んで……私がそばにいるから」


 お姉さまの声に僕はゆっくりと頷き、再び瞼が重くなるのを感じ始めた。彼女の手の温もりに包まれながら、僕は次第に呼吸を落ち着かせ、穏やかな眠りに引き込まれていった。


 彼女の穏やかな表情と優しげな声が、まるで天使のように僕の記憶に残る。痛みはまだ完全には引いていないが、それでも今の僕にとっては、この安らぎが何よりも心強かった──

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