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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
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外伝その3

 道場の引き戸のわずかな隙間から、リンは息を殺して覗き込んでいた。

 お姉さまの腕の中で瑞祈が小さく震えている。その姿は弱くて頼りなく見えるはずなのに……リンの胸は妙な高鳴りを覚えていた。


(男の人は……嫌い)


 小さい頃から男性は怖い存在だった。力も体も、女の子では敵わない。その差は絶対的で、近づくのも躊躇してしまうくらい。女の子同士の心地良い距離感とはまったく違う。いつも怖い、冷たい、そんな風に感じていた。


 ──なのに、瑞祈は違った。


 彼はたしかに男の子のはず。でも何故だろう。瑞祈のことを怖いと思ったことは一度もない。むしろ、どこか自分と似たような存在にすら思えてくる。寮生の彼はちょっと不器用なところもあるけれど、不思議な魅力があって……でも、どこか放っておけない。


 それでも今日の彼は──特に可愛らしく見えた。


 お姉さまの前で涙目になり、震えながら必死に跳ねている姿。瑞祈が飛び跳ねるたびに、そこにある「なにか」が、彼の身体の奥で暴れているように見えた。その原因がリンには理解できない場所……股間だったことがリンを一層惑わせる。


(……あそこがそんなに痛いの?)


 道場の中で瑞祈が金的を受けて倒れ込むのを見た瞬間、心の奥に奇妙な感覚が生まれた。

 男の人は強くて怖い。なのに、そんな彼らが一撃で崩れ落ちる場所が存在する。それは女の子にはないもの。触れることのできない器官。女の子にはない、不思議な「呪い」。瑞祈の弱さが、まるでその不思議な「急所」が持つ魔法の一部であるかのように思えてきた。


(女の子にはない……でも、あるからこそ、こんなにも弱くなっちゃうんだ……)


 瑞祈が必死に飛び跳ねる。その姿は滑稽にも見えるのに、どこか愛おしい。自分では触れることのできない、未知の弱点。まるで、その存在だけで瑞祈を特別に、そして神秘的にしているかのようだった。


 そして何より──彼が金的の痛みに打ちひしがれながら、泣きそうな顔を浮かべていたことが、リンの心に深く刺さった。


(こんなに弱くなる男の子、初めて見た……怖くない……むしろ可愛い……)


 お姉さまの腕に抱かれ、ようやく落ち着いた瑞祈が、恥ずかしそうに俯く。お姉さまは彼を労い、軽く頬にキスをする。彼が女の子みたいに可愛く赤面していた。


(男の人がこんな風になるなんて……なんでだろう、ドキドキする……)


 普段なら「女の子同士のカップル」にしか感じないはずのときめきが、なぜか瑞祈に対しても湧き上がる。その理由がリンには分からなかった。でも、彼の弱さと痛みが紡ぎ出す空気に、不思議な心地良さを覚えてしまう。


(この弱さ、可愛さ……そして、キン……タマタマのせい……なのかな?)


 リンは思考が迷宮に入り込んだような気分だった。怖いはずの男の子がこんなにも簡単に壊れてしまう──そんな光景を見て、自分がなぜこんなに胸を高鳴らせているのか、答えは出ないままだった。


(これ、変だよね……でも……)


 瑞祈の儚げな姿から目を離せないまま、リンはそっと息を吐いた。金的を持つ彼の痛みが、なぜか心に引っかかって離れない。

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