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天使が来りて玉を蹴る  作者: 漫遊 杏里
23/55

詐欺始

 目が覚めた瞬間、僕は思わず呻いてしまった。


「う、うう……」


 股間がまだズキズキと痛む。昨夜、お姉さまに執拗に握られた「そこ」は未だ腫れが引かないままだった。寝返りを打つたび鈍い痛みがじわりと全身を伝ってくる。


(……ほんとに潰れてないよね?)


 不安を抱えつつなんとかベッドから這い出した。立ち上がった瞬間、下腹部にずしりとした重たい鈍痛が走り、太ももにまで響いてくる。


 片足をかばうように引きずって歩きながら制服に着替える。鏡に映った僕の姿は見るからに「しんどそう」だった。


(サボりたい……でも無理だよなぁ)


 ──

 案の定、登校するとクラスメイトたちは心配そうな視線を向けてきた。


「露草さん大丈夫?  顔色悪いけど……」


「もしかして、あの日……?」


「えっ、あの日?」と聞き返した僕は次の瞬間に意味を悟った。


(……まさか……ひょっとして!?)


 言葉が詰まり、反射的に曖昧に頷いてしまう。


「あ、うん……まあ、ちょっとね……」


 するとクラスメイトたちは一様に「あるある」といった顔でうなずいた。


「わかる~、無理しないでね!」


「露草さんも大変だよねぇ、月一のアレ……」


(ごめん……違うんだ。本当は金的が腫れてるだけなんだ……)


 僕は心の中で土下座しながらただ笑ってごまかすしかなかった。



 ──

 昼休み、サキが心配そうにやってきた。


「瑞祈、大丈夫? 顔色悪いし……」


「べ、別に。ちょっとお腹が痛いだけ」


 嘘だった。痛いのはお腹じゃない。もっと、下。もっと繊細で……もっと……(もうやめよう)。


「そっか。瑞祈もあの日かぁ。女子って大変だよね」


 何気ないサキの言葉が、心に刺さる。僕は曖昧な笑みで応えるしかなかった。


 ──でも。


「でもさ、瑞祈。そこまで女の子を演じなくてもいいと思う」


 彼女は耳打ちするように囁いた。僕は一瞬ギクッとしたけれど、サキはあくまで「演技」という意味で言っているようだった。


「……無理せずに早退したら?」


「だ、大丈夫だから!」


 手を振ってその提案を遮った。逃げるわけにはいかない。痛くても、誤解されても、僕は今日を「普通の一日」として過ごさなきゃいけないんだ。


 ──放課後。寮へ向かう帰り道、お姉さまが現れた。


「瑞祈、今日もよく頑張ったわね」


 いつもの微笑み。でもその直後。


 ペシッ。


 軽く腰を叩かれた。ほんの軽いスキンシップ──のはずが、ダイレクトに「そこ」に響いた。


「──ッ!!」


 思わず二つ折りになる僕。 


「どうしたの?」


「い、いえ……なんでも……」


 お姉さまは小首をかしげながらも、どこか愉しげに微笑んでいた。


(……やっぱり、わざとだ)


 もう、ホントこの人は……。


 ──

 寮に戻った僕は氷嚢を取り出してベッドに倒れ込む。


「……はぁ……なんで僕がこんな目に……」


 腫れた股間に冷たい布を慎重にあてるたび息が漏れる。何度冷やしても痛みは根強く残っている。


(……明日には、治るといいな)


 でも、股間のジンジンする感覚と、周囲の「生理仲間」としての視線と、誰にも言えない羞恥が頭から離れない。


 こうして僕の「生理痛」の日々は──もう少し続くことになりそうだった。

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