詐欺始
目が覚めた瞬間、僕は思わず呻いてしまった。
「う、うう……」
股間がまだズキズキと痛む。昨夜、お姉さまに執拗に握られた「そこ」は未だ腫れが引かないままだった。寝返りを打つたび鈍い痛みがじわりと全身を伝ってくる。
(……ほんとに潰れてないよね?)
不安を抱えつつなんとかベッドから這い出した。立ち上がった瞬間、下腹部にずしりとした重たい鈍痛が走り、太ももにまで響いてくる。
片足をかばうように引きずって歩きながら制服に着替える。鏡に映った僕の姿は見るからに「しんどそう」だった。
(サボりたい……でも無理だよなぁ)
──
案の定、登校するとクラスメイトたちは心配そうな視線を向けてきた。
「露草さん大丈夫? 顔色悪いけど……」
「もしかして、あの日……?」
「えっ、あの日?」と聞き返した僕は次の瞬間に意味を悟った。
(……まさか……ひょっとして!?)
言葉が詰まり、反射的に曖昧に頷いてしまう。
「あ、うん……まあ、ちょっとね……」
するとクラスメイトたちは一様に「あるある」といった顔でうなずいた。
「わかる~、無理しないでね!」
「露草さんも大変だよねぇ、月一のアレ……」
(ごめん……違うんだ。本当は金的が腫れてるだけなんだ……)
僕は心の中で土下座しながらただ笑ってごまかすしかなかった。
──
昼休み、サキが心配そうにやってきた。
「瑞祈、大丈夫? 顔色悪いし……」
「べ、別に。ちょっとお腹が痛いだけ」
嘘だった。痛いのはお腹じゃない。もっと、下。もっと繊細で……もっと……(もうやめよう)。
「そっか。瑞祈もあの日かぁ。女子って大変だよね」
何気ないサキの言葉が、心に刺さる。僕は曖昧な笑みで応えるしかなかった。
──でも。
「でもさ、瑞祈。そこまで女の子を演じなくてもいいと思う」
彼女は耳打ちするように囁いた。僕は一瞬ギクッとしたけれど、サキはあくまで「演技」という意味で言っているようだった。
「……無理せずに早退したら?」
「だ、大丈夫だから!」
手を振ってその提案を遮った。逃げるわけにはいかない。痛くても、誤解されても、僕は今日を「普通の一日」として過ごさなきゃいけないんだ。
──放課後。寮へ向かう帰り道、お姉さまが現れた。
「瑞祈、今日もよく頑張ったわね」
いつもの微笑み。でもその直後。
ペシッ。
軽く腰を叩かれた。ほんの軽いスキンシップ──のはずが、ダイレクトに「そこ」に響いた。
「──ッ!!」
思わず二つ折りになる僕。
「どうしたの?」
「い、いえ……なんでも……」
お姉さまは小首をかしげながらも、どこか愉しげに微笑んでいた。
(……やっぱり、わざとだ)
もう、ホントこの人は……。
──
寮に戻った僕は氷嚢を取り出してベッドに倒れ込む。
「……はぁ……なんで僕がこんな目に……」
腫れた股間に冷たい布を慎重にあてるたび息が漏れる。何度冷やしても痛みは根強く残っている。
(……明日には、治るといいな)
でも、股間のジンジンする感覚と、周囲の「生理仲間」としての視線と、誰にも言えない羞恥が頭から離れない。
こうして僕の「生理痛」の日々は──もう少し続くことになりそうだった。




