傷んだ
なんとかなった……と思いたい。というか、なってないと困る。今日の稽古は、内容こそ大事そうだったけど、身体的には決してハードじゃなかった。「物足りなかった?」なんてお姉さまは笑っていたけど、その直後に「そのうちイヤでもやり応え出るから安心して」とも言っていた。……ありがたいような怖いような。
そんなわけで、自室に戻った僕はせめてもの備えというか、もはや逃避の一環というか、ストレッチを始めた。
……正直、女装しての日常を考えるのがちょっとしんどい。
同じ人間なのに、性別が違うだけで「普通」がこうも違うなんて。朝の準備だけでも一苦労だし、机の上に置かれた化粧品たちが、無言のくせにやたら説得力をもって僕に語りかけてくる。
「……はぁ……。って、結局また考えてるし……」
二重にトホホ。
気を取り直して、ストレッチ。幸い、僕は男にしては身体が柔らかい方らしい。お姉さまにも「女子として見ても結構柔らかい」とまで言われた。……嬉しいような、悲しいような……。
(いや、男としての自信がまた一段階下がるんだけど……)
……でもまあ、柔軟性は将来的に重要なんだとか。上級者同士の対戦だと、ちょっとした差が勝敗を分ける、と。どこぞのヨガの達人キャラみたいに……いや、さすがに関係ないか。
他に褒められたのは「バネの良さ」。逆に欠点は……言うまでもなく、体格とパワー。女の子としてならまだしも、男として見るとまるで赤点らしい。悲しいけど、それが現実。
「それでも……やるって決めたから……ふぐぅっ!!」
……挟んだ。……よりによってそこを。開脚してうつ伏せになろうとしたその瞬間、急所を床と腹でサンドしてしまったらしい。……なんたる自爆挟撃。普段ならこんなことないのに……今日は「収まり」が悪かったのかもしれない。昨日の一件で、まだ腫れてるのが響いてるのかも。
「うぅ……」
「フフ……とっても素敵よ、その姿……。とても……男らしいわ……」
――!? まさかの声に、顔を上げる。
そこには、いつの間にか部屋の入口に立っているお姉さまがいた。気配ゼロだった。……もしかして、この人ほんとに忍者なんじゃ……。
「戸締まり、ちゃんとしておかないとダメよ? 私以外に見られてたらどうするの?」
(いや、まずはノックじゃない……!?)
痛みさえなければ、ひと言くらい言い返したかった。
「無理しないで。そのままでいいから、ね?」
そう言って、お姉さまは僕の頭を膝に乗せてきた。
……優しさ、なのかもしれない。いや、ある程度は確かにあるんだろうけど……それだけじゃないのも、わかってしまう。
――股間を押さえて悶えてる姿を見たい願望、きっと混じってる。
完璧星人だからこそ、なんというか……ちょっと残念な気持ちになる。でも、それは僕が「男」で、この学院で「異物」だから思うこと。たぶん、彼女は女の子たちにとっては完全無欠の大天使。
(……泣けるなぁ)
……口癖になりそう。
「加減したとはいえ、昨日の蹴りでまだ腫れてるでしょ、急所」
「……」
「今日一日、つらかったわよね? ピッタリしたスパッツに……あの場所、圧迫されるもの」
「……」
(言いたくない……でも黙ってたらイエスって思われる……)
なんだか、僕が恥ずかしがってるのを楽しんでるようにしか見えない。あえて強調するように「急所」って口にしてくるし……しかも、ちょっと声色が違う。ほんのり艶を含んだトーンで……ああ、意識させる気満々なんだ。
(意地悪すぎる……)
「大丈夫……」
「……」
柔らかな指が、僕の髪を撫でてくる。その優しさに、さっきとは違う意味で何も言えなくなってしまう。
僕は、なんていうか……弱いなぁ、ほんとに。
「……お姉さまはズルいです……」
「……ええ」
「お姉さまは悪いひとです……」
「……ええ」
……やっぱりズルい。肯定されてしまったら、それ以上詰め寄れないじゃないか。
ほんとに、ほんとに――
ズルいひとだ。……それでもこの人に膝枕されていると、不思議と「男であること」がどうでもよくなる自分がいるのが怖かった。