Episode 92
「よう!メッセージは判明したぞ。そっちはどうだ?」
白ウサギへと連絡をする。
「やあ!意外と早かったね。こっちも丁度発信元の追跡が終わったよ。」
「流石だ。じゃあ答え合わせをしようか。まずこっちから。あのメッセージの意味は"7時に山谷にある桜ホテルに来い"と言う意味だ。十中八九正解だと思っている。」
「…………そうか。僕が追跡していた監禁場所は外神田に在る、とある所有者が不在の雑居ビルだ。撮影しているカメラの位置まで追跡したからこちらも間違い無いと思う。」
「つまりは……。」
「呼び出された場所と監禁場所は違うって事だね……。」
罠である事は確定した。
「まぁ当然だろうな。向こうだって簡単に人質を引き渡す筈が無い。寧ろ渡す気なんて元々無いだろう。」
「それで貴方はどうする気なの?」
「どうするって……監禁場所が分かれば態々罠の方に行く必要は無いだろ?名屋亜美が助け出せればそれで良い。」
「普通はそうすると思うんだよ。でも考えてみて。貴方が彼等を生かして名屋亜美だけを助けたとする。彼等はどう思うかな?"シカリウスと名屋亜美は繋がりがある"そう思う筈だよね?」
一理ある。
「そうしたらまた彼女の周りで問題を起こす可能性は大いにある。何せこの誘拐犯達はちょっとネジが外れている。次は何をするか分からないよ?」
「じゃあ連中を殺せと言ってるのか?」
しまった……。
アンジュが居るんだった。
本人は不安そうな顔をこちらに向けている。
「まるで殺すのが嫌だって言ってる様だね。僕の勘違いじゃなきゃ貴方は殺し屋の筈だけど。」
「そういう事じゃあない。俺達が存在してるのはハリウッド映画の中でも何でも無いんだ。武装してる上に戦闘慣れしてる奴を倒すのがどれだけ大変か知らないだろ?」
「戦闘は僕の専門外だから分からないけど、別に殺さなくても只活動出来なくしてやれば良いだけなんじゃない?」
「簡単に言うなよ。何方にしろ骨が折れる。」
「まぁ嫌なら僕は無理強いはしないけどね。でも相手側の情報処理をしている奴。恐らく僕はそいつを知っている。彼等のファイヤーウォールの中に痕跡があったんだ。もし本当にそいつなら今回逃すと次は更に厄介な手を使って来るよ。」
選択肢は無いってか……。
「分かったよ。仕方無い。山谷の方にも行ってみよう……。」
「それが賢明だね。また相手の情報も送るから。それじゃーね!」
「あぁまたな。」
白ウサギとの通話を終えた。
周りを見渡すと3人共俺の顔をこれでもかってくらいに眺めている。
「でどういう話になったんだヨ。」
そりゃ皆気になる話だ。
「名屋亜美の居場所が分かった。山谷ではなく秋葉原の辺りだ。」
「では山谷は……?」
「恐らく俺を捕まえるための囮だろうな。しかし白ウサギと話してまずは山谷の方に行く事にした。」
「何でだヨ。」
「連中を無視したら次は何するか分からないってよ。だから罠に掛かった振りをして逆に俺が奴等を捕まえる。」
「大丈夫なんですか?」
「まだ相手の情報を貰ってないから何とも……。」
「なら自分も行きましょう!兄さんには敵いませんが、そこら辺の奴よりかは役に立つ筈です。」
「いやディアンは寧ろここを守っていてくれ。ドサクサに紛れて何か仕出かす奴も居るかもしれない。」
「じゃワタシが!」
「ミディアは司令塔だ。何かあった時にすぐ手を打てるのはお前だけだからな。現場には行かない方が良い。」
「それなら鏑木会に協力を依頼するって手もありますよ。彼等のシマの中での事件ですし、最近のハンターや殺し屋の身勝手な行動に頭に来てる筈ですから。それに亜美さんは……。」
「よしてくれ。一応あそこは俺を捕まえるって名分もあるからな。安心して共闘なんて出来無い。」
「では1人で行く気ですか!?」
「そうするのが1番だ。」
「そんな……。」
「ユージーン。またオマエ1人で無茶する気かヨ。」
「あの!!!!」
アンジュが突然叫ぶ。
「私じゃお手伝い出来無いでしょうか?」
「何言ってるのアンジュ!ゲームじゃないんだヨ?下手したら死ぬかもしれないヨ?」
「分かってます!でもあ~みんさんの事は私の問題でもありますし……。」
「何かしたいのは分かるけど、アナタに何が出来るのヨ!こう言っちゃなんだけど……。」
「いやちょっと待ってくれ。」
「何だヨ!!」
「アンジュ本気で言ってるか?」
「はい!!本気です!!!私今までも何も出来なくって……只皆さんの帰りを待っているだけで……でももうそれは嫌なんです!私に関わってる事で私自身が何もしないなんて…………。」
「もし俺達で助けたとしても、生きている事を隠さなきゃいけないアンジュは彼女に会う事は出来無いぞ?それでも良いのか?」
「構いません。あ~みんさんの無事を確認出来るなら!」
「…………分かった。なら俺を手伝ってくれるか?」
「はい!!!お願いします!!!」
顔がキラキラしてきた。
良い顔だ。
「チョットユージーン!!?オマエ何言ってるんだヨ!何も出来無い女の子連れてってどうする気?デートじゃないんだヨ?」
その言葉に俺も顔が綻ぶ。
「そう言えばミディアは知らないよな?アンジュにはとても役に立つ"特技"があるんだ。」
「え……何それ…………?」
俺とアンジュは見つめ合う。
互いにもう分かっていた。
まるで俺達は既に相棒であったかの様に。
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「やはり彼で間違いないみたいだな。」
昼間だというのに遮光カーテンを閉め切られた薄暗い部屋の中では、キーボードを叩く音と独り言だけが響いていた。
「今はどんなイカれた奴と組んでるのかな?いや……貴方が1番イカれてるか……。腕は良いのにその情緒不安定さではいつまでも僕には勝てない。」
光るPCのディスプレイはニヤケ顔を照らしている。
「また綻び発見!もう貴方の情報は丸裸も同然だよ。皮肉な話だよね。オオカミがウサギの餌食にしかならないなんて。僕は同じ同性愛者として貴方には優しくしてあげたいんだけどね。」
キーボードの音は鳴り続ける。
「でもダメだ。昔から少し気に食わなかったんだよ。貴方の生き方も、良く僕と間違えられるその名前も!なぁLupusよ。」
ウサギは手を止める事無く攻撃を続ける。
綻びを見付けてはそこを執拗に叩く。
どんな精巧な防壁も、彼の前では只の暖簾と変わらない。
全てを曝け出すまで侵攻を止めない彼もまた狂人の類なのだろう…………。