Episode 93
「シカさぁん!!速いです!!怖いですぅ!!」
夕方の国道をアンジュと2ケツでかっ飛ばす。
俺の気分は何故か酷く高揚していた。
現在帰宅ラッシュの大渋滞が発生している真っ只中だが、車と車の間を擦り抜けて行く俺達には関係ない。
ボラカイから出発する際に、ミディアはポケットサイズのインターカムをくれた。
小型のくせに半径500mまではクリアに通信出来る高性能な代物らしい。
これで運転中でも楽に会話出来るし、現地でもハンズフリーで連絡を取り合える。
『ユージーンの為じゃないヨ!これを使って必ずアンジュは安全な場所から連携を取らせる事!もし戦闘になっても絶対に参加させない事!約束して……お願いだヨ……。』
まるで保護者の様な事を言っていた。
まぁアンジュに加護欲を掻き立てられるのは分からないでもない。
約束の時間よりは早く着きそうだが、相手はとっくに到着し罠の準備をしている事だろう。
状況を把握する為にもアンジュの耳は必要だ。
国道を突っ走り、都心部を抜け、辺りはやがて下町の雰囲気へと変わる。
そして俺達はバイクを降り、山谷と呼ばれるエリアへと足を踏み入れた。
まず目に付くのはホテルの数。数10mおきにホテルが姿を現わす。
ホテルと言っても、素泊まり数千円を謳っている安宿ばかりだ。
人の往来も極端に減って来ている。
擦れ違うのは殆どがビール片手に徘徊している日雇い労働者か、外国人らしきバックパッカー達。
雰囲気は全く違う筈なのに、何処と無く国際通りを匂わせる。
「次の交差点を左に曲がった所にあるみたいです!」
アンジュが携帯で地図を確認しながら指示をくれる。
その交差点とやらは裏路地の間違いじゃあないかと思う程に狭い通りだった。
曲がってすぐに桜ホテルは姿を現わした。
5階建てのそのホテルは周りの宿と比べても大きめに作られているが、誰も手入れをする者が居ないその看板はまるで来客を拒むかの様な様相を呈している。
「ここだな……。」
「ここですね……。」
物陰から様子を伺う。
「どうだ?ここから何か聞こえるか?」
「ごめんなさい。この辺りは周りのノイズが多過ぎてどれがあのホテル内からの音なのか判別出来ません……。せめて内部に私が認識出来る音があれば、その音の周りだけに絞って聴き分ける事が出来るのですが……。」
「そうか……じゃあやはり俺はそのまま中に入るしか無いな。そうすれば俺の足音を中心に探る事が出来るだろう?」
「それではシカさんが危険ではないですか???」
「なぁに。相手も俺の事を良く知らないからな。入ってすぐには襲っては来ないさ。それよりもそこからがアンジュの役割の本番だ。相手がどういう形で姿を現わすか分からないが、俺の視界に入らない場合は相手の位置を探ってくれ。他に隠れてる仲間が居ないかもだ。」
「はい!!らじゃーです!!!」
アンジュが右手で敬礼をする。
確か日本では脱帽時に挙手の敬礼はしないんじゃあなかったかな?
そう。アンジュはもう変装にニットは被っていない。
ミディアの行った改造のままでも充分変装になっている。
いや変装と言うよりかはイメージチェンジに近いか。
「じゃあアンジュは音が聞きやすい場所で待機していてくれ。俺は正面から入る。」
「お気をつけて……。それと!指切りした約束忘れないで下さいね?」
現在装填されているのはゴム弾。
針千本は飲みたくないからな。
「大丈夫だ。必ず守る。不殺の殺し屋とは変なモンだが……。」
「もうシカさんは殺し屋ではありません。私とコンビを組んだのですから!!」
アンジュがピースサインを俺に向ける。
「あぁ……そうか。そうしたら新たな肩書とコンビ名考えなきゃな。」
「はっ!!!!しまったぁ!!!そんな重要な事忘れていたぁ…………。」
地面に手を付いて落ち込んでいる。
「おいおい……。今から初仕事なんだ。落ち込むのは後にしてくれ。」
「……分かりました。それは今後の宿題にしましょう。」
「じゃあ……行くぞ!」
アンジュと別れ"元"エントランスであったであろう割れてしまっているガラスドアから中に入る。
取りあえずこの付近に相手の気配は感じない。そのままレセプションカウンターまで歩を進める。
「シカさん聞こえますか?」
アンジュから通信。俺はマイクを軽く1回叩く。
これは事前に決めていた合図。俺が声を出したくない状況で使う。
1回でYes、2回でNo。定番の合図だ。
「ホテル内の音が判明しました。シカさんの位置から20m程前方です。感じられるのは今の所1名だけです。」
1人か……。
相手は3人組の筈だ。ならばこの現場に2人、名屋亜美の見張りに1人、と分担するのが俺達の予想だった。
どういう手を使ってくるのだろうか?
相手の居場所は分かっていた。
何せご丁寧に俺への案内がレセプション脇の壁に残っている。
まぁ向こうから呼び出したのだから当たり前っちゃあ当たり前だが。
古ぼけた館内図に真新しいマーカーペンのしるし。
この先の大広間が丸で囲ってあり、そこを指すように矢印も書かれている。
細心の注意を払い大広間へと進む。
通路には様々な物が散乱しており、もし仕掛けがあったとしても分かり辛い。
それに血の跡っぽい物もあるが……。
しかし何事も起こること無く現場に到着する。
その中は和風の宴会場で、畳敷きの床に奥にはちょっとしたステージが造られていた。
ここも荒れ放題で、天井は崩れて吹き抜けの様になってしまっている上に、畳が剥げてしまっている所や、抜け落ちた天井の残骸やら壊れたお膳やら座椅子やらが転がっている。
そんな部屋の壇上に佇む男が1人。
「¡A poco!本当に来たのかよ……。アンタはシカリウスで間違いないな?」
黒ずくめに目出し帽。まるで強盗犯のテンプレの様な格好の男。
しかし腰に抜き身で提げているサプレッサー付きのハンドガン。完全に威嚇されている。
「さぁな。赤の他人に名乗る名など持ち合わせちゃあいないのでね。」
「ハハッ!その言い方……本人だな。Mucho gusto.」
男とは一定の距離を取り会話を続ける。
「しかし本当に堀井梨香の関係者と接触してるんだな。¿Por qué?」
「どうでも良いがまず1つ忠告だ。No quiero hablar español para ti.」
「……噂通りいけ好かない野郎だ。Peroオレは今気分が良い。何せあのシカリウスを捕まえられるのだからな!」
「へぇ……俺をどうするって?」
俺は徐に距離を詰め始める。
ゴム弾は試し撃ちの結果集弾性が低い。
変に思われない程度には近付きたかった。
しかし男はその場から動く事もしなければ、腰の銃に手を掛ける事も無い。なのにこの余裕っぷり。
それに心なしかマスクの下は笑っている様に感じる。
何か仕掛けがある筈だ。俺を捕まえられると確信している仕掛けが。
それを見付けなければ…………。




