Episode 55
「いやぁ~楽しかったですね!w」
カラオケボックスを後にした俺達は、郊外にある隠れ家へと向かっている。
7月が始まりを迎えた今日は、晴れ間も見えていた昼間とは打って変わって、夜になろうとしている空には雲が蔓延り、新月と相まって不穏な空気を醸し出していた。
追跡者の言葉を信じた訳では無かったが、あの場所が無事かどうかは調べておく必要があった。
俺の保有する物資の基盤はあそこにある。
金は勿論の事、予備の武器やらも全て保管はそこの地下シェルターだ。
一抹の不安を抱えながらも、現地に着いて俺はホッとする。
特に誰かが侵入した形跡は無い。
全体に様々な細工が施してあるこの家は、俺が持っている鍵以外を使用すれば、下手をすれば相手の命を奪う程の罠が侵入者を襲う。
俺でさえ正面入口から中に入る事は出来ない。
「わぁ~何か物凄く久しぶりな気がします。」
実際には3日程しか経っていない。
「跡も残ってしまってますね……。」
掃除する余裕も無かった為、リカが俺を引き摺った跡がドス黒くこびり付いてしまっていた。
一先ず腰を落ち着かせた俺達は、いつもの通りコーヒーを淹れて一服する。
「ハァァァ……。ここのが1番美味しいですね!何か違いがあるんですか?」
只の大食らいかと思いきや、意外にも味の違いについても分かる娘だった。
「ここが1番道具が充実している。やはり道具が違えば味も違う。コーヒーも奥が深いだろう?」
「へぇ~!そうなんですね!寧ろ今までコーヒーを飲めなかったので、知らない事ばかりです。あっ!でも!シカさんのコーヒーはいつでも美味しいですよ!w」
リカは今日も無邪気に笑う。
その笑顔はまたしても俺の心に平穏な気持ちを齎す。
リカの誕生日でもあるので、少し食料を調達し、ささやかなお祝いをする。
とは言っても時間も無いので、簡単なパーティー料理に、ミートローフとポテトのパイ、サラダを作ってパンを焼いただけだ。
「シカさんの料理はいつも美味しいですけど、今日は特別美味しいです!!!」
「そうか。それは良かった。こんな物も有るんだが……。」
「え!?うぇ!!?そんな!!!マジですか???すごいかよ!!えぇー!ちょっとー!嬉しー!!ちょっと待ってー!どうしよう!ちょっとー!!どうしよう!!!うぇ~ん…………。」
密かに用意しておいたケーキも出すと、本気で泣いて喜んでくれた。
一々大袈裟だが、こういう子供っぽい所に最近愛着も感じ始めていた。
いきなり非現実へと引き込まれてしまった中で、出来るだけ普通の日常も感じさせてやりたい。
そう思っていた……。
泣きながらケーキを食べるリカを宥め、食事も終えた頃、案の定の質問をされる。
「シカさんの誕生日はいつなんですか?次はシカさんの誕生日をお祝いしましょう!」
俺の誕生日…………。
「もう忘れちゃったな……。」
「えぇ!!?忘れたんですか!?そんな事ってあります???自分の誕生日ですよ?」
「まぁ俺にとってはそんな重要なイベントでは無いんだ。だから気にしないでくれ。」
「そうですか??それも寂しいですね……。シカさんが嫌なら無理にとは言わないですけど、出来れば今度はシカさんの誕生日をお祝いしましょう!」
そんな気恥ずかしい事をやる歳でも無いんだが……。
片付けはいつもの通りリカに任せ、俺は地下シェルターへと向かい資金の補充をする。
自分のポリシーとは言え、現金では持ち歩くのに限度があった。こんな時には不便を感じる。
まぁ補充しに来れば良いだけの話だが。
武器も少し物色する。銃器はこれ以上は持って行けない。かと言って打撃武器も嵩張るのが多い。
取りあえず折りたたみ式の特殊警棒をポケットに忍ばせる。プロ同士の戦闘では殆ど役に立たないが、無いよりマシだ。
もう一つ丁度良い物を見付ける。リップスティック型のスタンガン。前にガラクタ屋のジイさんがジョークでくれた物だった。
リカの護身用にピッタリじゃあないか?
それでも改造が施され、威力はジイさんで検証済みだ。その日のジイさんは半日程寝たきりで過ごしていたが……。
必要な物を回収し上に戻ると、リカは先に部屋で休んでいる様だった。
俺も寝室に戻ろうと思ったが、ソファーで仮眠だけする事にした。
明日からはホテルを転々とする事になるだろう。慣れた景色で休息を取るのはこれで暫くは無さそうだ……。