Episode 25
自宅に戻り玄関の電気を点けると"おかえりなさい"と電子的な声が聴こえる。
ボロいアパートのクセに変な所だけ最新だ。
いつかこの声を温かみのあるものに変えたいと思っている。
そう、例えばあの娘の元気な声に…………。
取りあえずお風呂にお湯を溜めて今日の疲れを癒やす。
こうなってしまった以上は、ただやるしか無い。
パン!と両手で顔を叩き喝を入れた。
お風呂から出ると、少しテレビのニュース番組を点ける。いつもどこかにあの娘の情報が無いかを見てしまう。
結局は何も無いのだけども……。
その後調べ物をする。今日気になったワード……"シカリウス"だ。取りあえずPCでその言葉を検索してみる。
「うわぁ!キッモ!」
真っ先に出てきたのは蜘蛛の写真。どうやら毒蜘蛛らしい。
ページを辿って行く。響きの良さからか、ウェブ上のアカウント名や、オンラインゲームの名前に使っている人が多い。
コードネームか何かだろうか……。厨二臭い……。
その中で少し目を引くサイトがあった。それはラテン語辞典。その翻訳内容を見て私は胸がキュッとなる。
【殺し屋】
リカの失踪に関わるのがもしかして殺し屋?
大森さんが連れていた男性が殺し屋だとしたら……。じゃもうリカは…………。
いや余計な事を考えるのは止めよう。ともかく明日ボラカイと言うお店を探すんだ。
それが今リカに近付く1番の手掛かり。
きっと大丈夫。あの娘は生きてる。
翌日は無情にもやって来た。
リカの誕生日、そして歌手デビューの日。やっぱり今だに音沙汰はない。
ネット上では"買って応援!"と盛り上がっている。表向きは病気療養となってるからだ。
各ウェブサイトで流れるデビュー曲の広告が、私に心憂う様な虚しさを与える。
それと同時に発表された私の事務所からの退籍。
引退ではなく、フリーへの転向という事になっている。
業界から追い出されたワケでは無い事に少し安心するけど、どの道後ろ盾の全くない私にとっては、フリーは干される事に等しい。
しかし今は自分の事で落ち込んでる暇は無い。
化粧もそこそこに外に出る。取りあえず向かうは六本木。
ボラカイと言うお店について私は何も知らない。行けば場所くらいは分かるかもしれない。
外に出てすぐ私はギョッとさせられる。昨夜と同じような光景がそこにはあった。
黒いベンツ。スーツ姿の男性。昨夜の運転手だ。
関係は切れたと言っていた次の日に何だろう……。
「お早うございます亜美さん。どうぞ目的地までお送りします。それと少し伝言が有りますので……。」
「あ……はい。ありがとうございます。」
怪訝にも感じるが、社長も知っている人だし大丈夫でしょう……。
また律儀にも後部座席のドアを開けてくれるが、気が引けるのでこっちで良いと助手席を選択する。
走り出してからすぐに1枚の手紙を渡された。
「どうぞ声には出さずお読み下さい。」
手紙はやはり神崎さんからだった。内容は……。
スペタコロのバックの組織は春鳥興業。
提携の話が進んではいるが、相手方に不審な動きも見られる。
リカを捜す事で、表立って動けない自分の代わりに、春鳥の動きも掴んで欲しい。
それには個人的な援助をする。
連絡は常に雪村を通す。これはこの運転手の事らしい。
要約するとそんな感じだ。
読み終わると同時に厚みのある封筒を渡される。
「支度用です。」
もしかしてこれお金???
全部諭吉だとすると、100万はゆうに超えるんじゃないの???
「あ……ありがとうございます。」
動揺と興奮を隠しながらそれをカバンにしまう。
「では成立という事で。」
「あ……。」
何も考えずに受け取ってしまったが、つまりは私は手紙の内容を承諾したことになる。
いつの間にか私はヤクザの工作員みたいなものにさせられていた。
「手紙を返して頂けますか?」
「え?はい。」
手紙を返すと一旦車を停め、ビーカーの様なガラス瓶に手紙を入れ、いきなり火をつけた!
「熱くなりますのでご注意下さい。」
ガラス瓶をドリンクホルダーみたいな所に置き、再び走り出す。
私はと言うと、まるで映画の様な光景にドキドキしていた。
証拠隠滅ってやつ??ちょっとカッコイイ!
しかしそれと同時に、自分がそんな世界に関わってしまっている事を自覚させた。
六本木交差点付近に到着すると車は停まった。
昼前の六本木は買い物客やサラリーマンなどでごった返している。
「外苑東通りを入った先にお店はあります。但し直接行っても情報は得られない可能性があります。まずは何処かで繋がる伝手を探すのが賢明だと思います。私がお手伝い出来るのはここまでです。」
「色々ありがとうございます。」
お礼を言って車を降りた。
伝手を探せと言われたけど、何をしたら良いか1つも分からない私は、取りあえずお店を探す事に決めた。
外苑東通りから入る裏通りをシラミ潰しに歩き回る。
2時間も歩き回っていると、興味を引く場所を見つけた。
1本入っただけなのに、六本木の賑やかさは消え、立ち並ぶお店はどこか寂しさを感じる佇まい。
路上では暑さのせいか、上半身裸で賭け事らしきものをしている人達。その誰もが日本人では無かった。
日本に居ながら、外国のスラムに迷い込んだかの様に感じさせるその場所は、どう見ても異様な感じがした。
ここにあるお店は殆どがバーなどの"夜の店"なので、昼間に華やかさが無いだけかもしれないけど、充分にこの場所を探す価値はありそう。
元々ボラカイと言う名前からして、外国人が絡んでいるのではないかと感じていた。
恐る恐る通りを奥へと進んでみる。
結果から言うと見つけられなかった。
通りを1番奥まで来たのに、そんな名前のお店は無かった。
最初に感じた怪しい雰囲気も入ってみれば大した事も危険も無く、やはり閉まっているお店が多いために感じただけだった。
仕方なく来た道を戻っていると、ふいにまだ調べていない路地に気付いた。
立ち入り禁止なのだろうか、入口には工事現場でよく見るバリケードが置いてある。
それでも先はかなり広そうな雰囲気で、人の気配も感じられた。
「嬢ちゃんその先に何か用かい?」
中にお店がないか入口から様子を伺っていると、突然声を掛けられた。
びっくりして振り返ると、背の低い中年の男性が少し離れた場所に立ってこちらを見ていた。